金色の海に溺れる‐05 

叫ぼうと、深く息を吸ったとき、男の背後にあった出入口から白い影が飛びだした。シンボラーだ。
わたしがうなずいたのをみとめ、シンボラーが大きく羽ばたいた。細かい砂塵が舞い上がり、飛礫の嵐となって男を取り囲む。

「くそっ何だコイツ!……くそっ!」

何故かわたしをきっと睨んだ男は、モンスターボールを荒々しく放り投げた。
出てきたのは巨大なモグラのようなポケモン。鋭い爪で貫かれたら、ひとたまりもなさそうだ。

「ドリュウズ、こうそくスピン!」

巨体が見た目からは想像もつかない俊敏さで回転をはじめ、ひとつの渦のようになってシンボラーの作り出した風を蹴散らした。その勢いのまま突進したドリュウズを、ひらりとシンボラーがかわす。

「嬢ちゃん、前から俺のエモノを狙ってたのか……?挟み撃ちまでしやがって!」
「え?」

とんだ誤解だ。シンボラーはわたしのポケモンではない。しかし、目的は確かにそうだし、結果として挟み撃ちになったのは事実だし、……うーん、どう言い訳すればよいものか。
そう思ったのも一瞬のことで、男はわたしに向かってドリュウズをけしかけてきたため、それどころではなくなった。トレーナーさえ倒せればポケモンも黙るだろう、ということらしい。

「はなちゃん、ニトロチャージ!」

高い音で地面を蹴りだし、はなちゃんが駆ける。鋭い爪を何とか掠めるようにしてすり抜け、はなちゃんの小さな身体がドリュウズの懐へともぐりこんだ。作り出した勢い全てを炎と共にぶつける。
ニトロチャージをもろにくらい柱に激突したドリュウズは、男の罵り声を背に受け、のろのろと立ち上がった。

「穴を掘って下から狙え!」

無茶な指示だ、と思った。こんな硬い、石畳の下へと穴を開けて潜り込めるはずがない。けれど、ドリュウズはその鋭い爪と頭のドリルで、いともたやすく石畳に大穴を開けたのだった。

「ドリルライナー!」

地面から勢いよく飛び出してきたドリュウズは、自身の身体をドリルのように回転させていた。石畳の分厚さのせいではなちゃんの位置を探り当てるのに手間取ったのか、やや狙いはずれていたものの、それでも当たれば大ダメージは免れないだろう。

間一髪。はなちゃんの身体がふんわりと浮いて、その脇をドリュウズが突き抜けていった。
ふよふよと漂っていたはなちゃんを見て、脳裏にフラッシュバックするものがあった。
泰奈がわたしを助けてくれたときと、よく似ていた。これは、きっとサイコキネシスだ。シンボラーが助けてくれた。

「ちっ……ガキ相手と油断したか……」

男が2つ目のボールを放り投げる。これで2対2だ。現れたのは、どっしりとした、青い肌のカエルポケモンだった。ドリュウズよりも大きい。

『ガマゲロゲは厄介やなあ』
「はなちゃん、スパーク!」

見た目からして水タイプだろうと思い、はなちゃんにスパークと言ったものの、脇にいたシンボラーのつぶやきが気になった。一筋縄ではいかない、ということなのだろう。
はなちゃんのスパークがガマゲロゲに直撃した瞬間、男の顔がにいっと歪んだ笑みを作った。

「あれ?」

ガマゲロゲがまったく動じていないのだ。それどころか、反撃の態勢に移っている。大きな口から、その巨体には似合わない、か細く甲高い音波が放出された。

『お?え?……っと、お?』
「はなちゃん?」

戸惑った声を上げながら、はなちゃんが千鳥足でふらりふらりと身体を揺らす。そのうち、柱に自分の身体を打ち付けはじめた。

『ボールに戻しんさい!』

切迫したシンボラーの声に、返事も忘れてはなちゃんをボールに戻す。視界の端で、一瞬シンボラーの動きが止まったような気がした。
ほっとしたのも束の間。ドリュウズとガマゲロゲを相手にしなければならないことに変わりはない。しかし、一度超音波をくらってしまった手前、迂闊に次のポケモンを出せない。追いつめられているのだ。とはいえシンボラーだけに任せてしまうわけにはいかない。こまめに交代しながらならば、大丈夫だろうか。

「琳太、お願い!」
『ん!』

元気よく飛び出した小さな身体の前に、ガマゲロゲが立ちはだかる。
再びその口が開いたときに、閃いた。音が来るなら、音で打ち消せばいい。

「ガマゲロゲ、ちょうおんぱだ!」
「ほえる!」

ふたつの音がぶつかり合って、霧散した……ように思えた。目に見えるわけではないけれど、琳太がしっかりと立っているから、きっとほえるは成功したんだ。あまり気分のいい音ではなかったため、軽く耳を塞いでいて正解だったと思う。
琳太のりゅうのはどうで、ガマゲロゲが男の側まで後退する。その一方で、シンボラーはといえば、地下深くへと隠れた相手を探して静かにはばたいていた。

ゆっくりとガマゲロゲが、その重たげな足を動かして琳太へと向かっていく。近づけさせたら力では押し負けてしまう。もう一度りゅうのはどうで押し切ろうとしたその直後、わたしの足元が崩れ落ちた。




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