金色の海に溺れる‐04 

まだ城が“古代”のものではなくて、人が住んでいた頃。この辺は活気があり、緑も水もあふれていた。それに比べて今はすっかりさびれてしまったけれど、古代の遺跡には守るべき大切なものがたくさんある。だから、シンボラーたちは常に砂漠や城を巡回し、見守り続けているのだという。
そして、その巡回中にたまたま拾ったのが、美遥の化石だった。

「最近は化石が復元できるちいうのを小耳に挟んだけえ、やってみよう思ったんじゃ。少しでもここに命が息づいてくれたら嬉しいけえねえ……」

けれど、シンボラーは復元させたポケモンを受け取らず、わたしに託した。数多く存在するポケモントレーナーの中から、他でもないわたしを指定して。面識はあの博物館での邂逅、たったそれだけ。名前も素性も知らないはずなのに、どうしてわたしだったのだろう。

それを聞くために、シンボラーの次の言葉を待っていた。その時だ。

第三者の慌ただしい足音がして、シンボラーが弾けるように立ち上がった。階段から飛び出してきたのはワニの姿をしたポケモン。メグロコだ。ここに来る途中でもたくさん見かけた。メグロコは、縞々の身体を目一杯使って駆け降りてきたようだった。一瞬わたしたちを見て動きを止めたものの、すぐにシンボラーへと駆け寄っていく。

『おい、この辺で人間の男を見てねえか!?』
「見とらんよ」
『タマゴ奪われちまったんだ!見つけたら取り押さえてくれ!』
「なんと!!」

シンボラーの血相が変わった。柔和な印象が一気に硬質なものへと塗り替えられていく。メグロコは、そのまま奥へと走り去っていった。人探しの続きをするのだろう。

「すまんけど仕事が入ったけえ、」
「わたしも手伝います。緊急事態、ですよね……?」

出来ることは少ないかもしれないけれど、探す目は多い方がいい。そう思って申し出ると、シンボラーは一瞬目を見開いたが、困ったように笑ってありがとうと言った。

「大切な大切なタマゴが奪われてしまったんよ。地下は入り組んどる。じゃけえ、泥棒もすぐには逃げられんじゃろ。何かあったら大声で叫びんさい」
「はい!」

そして、原型に戻った彼は、狭い部屋の入り口をものすごい速さで飛び抜けていった。きっと慣れているのだろう。
こちらには5人いるのだから二手に分かれようかとも思ったが、相手の男が果たしてどれほど手ごわいのかわからない。みんな固まっていた方がいいだろう。はなちゃん以外にはボールへと戻ってもらい、シンボラーとは別の方向へと走り出す。
耳を澄ませて、自分たち以外の足音がないか。目を凝らして、砂の中、柱の陰に隠れていないか。手早く、でも、おざなりにはならないように。

地下は本当に入り組んでいて、何度も同じ部屋を出入りしているようだった。その証拠に、どこからか入り込んだ僅かな砂の上に、わたしたちの足跡がぽつぽつと残されているのだ。同じところをぐるぐると堂々めぐりしているような気がする。

「見つから、ないね……」
「ああ。……少し休むか?」
「ううん、大丈夫」

息切れを隠し切れなくなって、それを見たはなちゃんが気を遣ってくれた。けれど、のんびりしている場合じゃない。ほんのちょっとだけ、一息だけ、視線を下げて、手を両膝にあてがう。そしてまた歩き出そうとしたとき、違和感を覚えた。

「ねえ、はなちゃん……」
「あ?」
「この足跡、わたしたちの?」

わたしのものにしてはかなり大きい靴のあとが、うっすらと見えた。試しにはなちゃんがその靴跡の上に足を乗せてみたら、はなちゃんよりも大きい。それは砂の上を通り、石畳の上、それから入口の方へと向かう形で途切れていた。ハッとしたはなちゃんが、原型に戻って大きな足跡を追いはじめた。犬のような仕草をしていることがシュールに思えてならない。言ったら絶対怒るだろうから、だまっておこう。

『こっちに続いてんな……』

蹄をこつこつと鳴らしながら、途絶えた足跡を追う。部屋を出て通路を通り、その先の部屋へと入ったとき、男とばっちり視線が合った。

「嬢ちゃん、ポケモンバトルをご所望かい?悪いがおじちゃんは今とっても急いでいてね……」

わたしが追手だということは知らないのだろう。ひげを蓄えた大柄な男は、小脇にわたしたちが探していたものを抱えていた。真っ白な雪に、朱を垂らしたような斑点のあるタマゴ。わたしの視線がそこに注がれているのに気付いたらしい彼は、聞いてもいないことをぺらぺらと喋りだした。

「いやね、貴重なお宝だと思って思わず持って来ちまったんだよ。誰も知らない、俺が見つけた、俺が手にしたお宝さ……きれいだろ?」

そんなことはこれっぽっちも聞いていないのだけれど。とりあえず男をどうにかして取り押さえるか、先にシンボラーを呼ぶか。大声で叫べば男は逃げてしまうかもしれないが、そこはわたしが追いかければいいだろう。下手にこちらから攻撃を仕掛ければ、わたしが加害者になってしまう。うやむやにされて逃げられてしまうかもしれない。ううん、どうしたものか。




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