金色の海に溺れる‐03 

中性的な顔立ちで、すらりと長い手足。頭に巻いているのはターバン、だろうか。髪の毛は入れてしまわず垂らしているから、形式的なものなのだろうけれど。この砂塵が舞い散る砂漠のただ中に居ながらにして、一切キューティクルに曇りのない黒髪がうらやましい。わたしの頭の方はというと、触らなくてもわかる。とっくの昔にごわごわだ。

柔和な微笑みを浮かべて、わたし、それから琳太たちへと視線を映す。琳太は一瞬ぽかんとしていたものの、しばらくして思い出したのか、「ん」とあいさつがわりに軽く手を挙げた。もぞっりとポンチョが動く。

「あ、あの、そうだ、美遥!」
『んー?だれだそいつ』

美遥がはなちゃんの肩からぽてりと着地し、駆け寄ってくる。砂の上に鳥特有の足跡を残しながら、美遥はわたしを見上げた。

「この人が、美遥を復元してくれた……うーん、生き返らせてくれた人、だね」
『こいつが?じゃあ、こいつはおいらの……えっと、家族?』

似てないなあ、と美遥は言った。確かにどこも似ていない。というか、そもそもこの人は人間なのだろうか。初対面で琳太のことをポケモンだと見抜いたあたり、この人だってポケモンだと考えるのが自然なのではなかろうか。美遥とは違う種族の、何か。

「家族じゃあないけど、まあ、似たようなものかいねえ」

ここは人目につくからと、その人はわたしを手招いてから背中を向けた。公衆の面前で話してはまずいようなことがあるのだろうか。よくわからなかったけれど、敵意は感じられないので、そのまま後を追った。

「おい、本当についていくのか?」
「う、うん……」

はなちゃんがこそっとわたしに耳打ちしてくる。よく知りもしないやつにほいほいついていくなと言いたいのだろう。でも、あの人はわざわざ手に入れた化石をわたしに託してくれたのだ。話したいことがあるというのならば、聞いた方がいいと思う。
わたしたち以外に誰もいないこの空間では、きっとはなちゃんとのやりとりを聞かれてしまっていただろう。けれど、彼は何も言わなかった。


歩いているうちに、足に伝わる感触が段々と硬くなっていく。砂が減っているのだ。ということは、砂が運ばれないような奥の方までやって来ているということだろう。いくつかの階段を下りて、時に流砂へと吸い込まれる。こうしないと移動できない場所もあるのだと、彼は言った。不思議な場所だ。飲みこまれる感覚が、世界を渡ったときの感覚と似ていて、怖いような、懐かしいような気持ちになる。落ちた先にみんながいなかったらどうしよう、と不安になりもした。

その心配も杞憂に終わり、やがて石畳の上に降り立った。わたしたちの足音だけが響く、とても静かな空間だ。これだけ降りたのだから、ここは地下に相当するはず。汗はすっかり乾いていたけれど、底冷えのする空気に少しだけ、身体が震えた。

大きな石の柱がそびえ立つ部屋もあれば、その残骸が横たわる部屋もある。その部屋ひとつひとつの大きさはそこまででもない。いつも借りているポケモンセンターの一室よりも、少し広い程度だ。ただし、ここの部屋はアリの巣のようにあちらこちらの部屋へと繋がっていた。どこをどう通ったのか、もう覚えていない。それでも目の前の彼は、すいすいと進んでいく。

「この辺ならええかいねえ」

そう言って、彼は朽ちて瓦礫となった柱に背中を預けた。それにならってわたしも、手ごろな柱のおこぼれに腰を落ち着ける。

「まずは、ようけここまで来てくれたね。わしはこの遺跡……いや、城の周辺を中心に警備しとる者で、名前は、そうじゃなあ、」

寄りかかっていた柱から身体を起こして彼は少し、わたしたちから距離をとった。淡い光に包まれて、姿を変えていく。広げた両手が羽になって、ゆっくり羽ばたく様が、羽化のようだった。
目があるのは頭頂部なのか、それとも胴体の方なのか、よくわからない。羽は生えているけれど鳥ではなくて、手足もない。気球から翼が飛びだしているみたいだ。図鑑を開けば、彼の正体はシンボラーだと教えてくれた。

一体どこに目を合わせたものかと悩んでいるうちに、するすると彼は人の姿をとった。ぱっちり目が合う。ついぞ砂漠ではお目にかかることのないオアシスのような、明るい水色をした瞳だった。

「えーと、シンボラー、さん?」
「シンボラーでええよ」
「はい……あ、わたしはリサっていいます。こっちは琳太」

わたしの紹介に合わせて、また琳太がポンチョを揺らした。九十九、はなちゃんと紹介して、美遥のところで少し、ためらう。美遥本人も望んでいたこととはいえ、シンボラーが復元させたポケモンに、勝手に名前をつけたのだ。しれっと紹介してしまってもいいのだろうか。
まよって美遥とシンボラーとを交互に見ていたら、何を思ったのか美遥が口を開いた。

「おいらは美遥!シンボラーがおいらの……家族、とかいうやつ?」
「みはる、みはるか……良い名前をもらったんじゃなあ」
「へへっ、だろだろ!」

あれ、何だか拍子抜けだ。それでよかったのか。
美遥は名前を褒められて嬉しそうだし、シンボラーも小さいきょうだいを可愛がるような表情で満足気だ。

「やっぱりリサに預けてよかったねえ」
「あの、どうしてわたしに美遥を……?」

これがずっと聞きたかったこと。
シンボラーはそっと柱に身を預けて、話し始めた。




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