金色の海に溺れる‐02 

カンカン照りの屋外とはうって変わって、ここに迷い込んできた砂漠の砂は、体温を奪うほど冷たく落ち着いていた。
ひょっとするとここは、クーラーの効いたポケモンセンターの中よりも寒いのかもしれない。滝のように流れる汗がようやく止まって、ほう、と一息つけるようになった頃、そのことに気付く。砂漠は昼と夜の寒暖差が激しいとは言うけれど、やはり太陽があるのとないのとでは大違いのようだ。

拭き残した汗が熱を奪って、身体がぶるりと震えた。そろそろ立ち上がって身体を動かした方がいいだろう。砂漠で風邪をひくだなんて間抜けなことはしたくない。

「とりあえず、奥に行ってみる?」

こういう遺跡の類は初めて来たから勝手がわからないけれど、ちらほらと入ってきた人たちは、一息ついてから奥へと向かっているようだった。
遺跡らしい壁画だとか、よくわからない台座だとか、そういったものでもあるのだろうか。そうでなくても、この空間はどことなく重みがあって、いつもとは違う感じがする。

冷めた砂を踏みしめて、ひっそりとした空間を歩く。ヒウンシティの喧騒が嘘のようだ。ここでは、砂が音を奪いでもしているのかもしれない。それくらい、空気自体が静かで、わたしたちにも静かであることをそっと訴えかけているようだった。

時折、さらさらと砂時計をひっくり返したときのような、かすかな音がしている。どこかに砂が流れているのだろうか。そう思ってきょろきょろとあたりを見まわしても、特に景色は変わらない。けれど、音が大きくなったり小さくなったりといった変化はあるから、それを頼りに、何とはなしに音を追う。

「この辺は音が大きい……」
「砂の音か?」
「うん、何か気になって……あ、」

ずぶり、一気にふくらはぎまで砂の中へと突っ込んだ。抜こうともう片方の足に力をこめたが、そちらもどんどん砂の中へと吸い込まれていく。琳太もそれは同じで、けれどわたしと違ったのは、危機感を持っていないことだった。きょとん、とした顔で、わたしのことを見上げている。

「え、え、あ、ちょっと、」
「おい!」

助けを求めるように、はなちゃんへと手を伸ばす。異変を察知したはなちゃんが慌てて手を伸ばしてくれたけれど、わたしは逆に手を引っ込めてしまった。助けて欲しいとは思ったけれど、はなちゃんまで巻き添えにしかねないと思ったから、やっぱり気が引けてしまったのだ。
その間にも、ふくらはぎ、膝、腰、と底なし沼のように、砂がわたしを飲みこんでいく。

「早く掴まれ!」
「……!」

はなちゃんが怒鳴りながら手を突き出してきた。もう琳太は首まで砂に埋まっている。そこでようやく危機感が芽生えたらしく、困ったようにわたしを見ていた。
意を決してはなちゃんの手を掴むと、ぐっと強い力で引っ張られたものの、それは一瞬のことだった。はなちゃんのいた場所までをも巻き込んで、砂が貪欲なまでに獲物をとらえて離さない。九十九がはなちゃんの腰にしがみついていたけれど、流砂の前では小鳥のさえずりに等しいものだった。

「琳太!」
「ん、む、」

溺れているようにもがく琳太だけれど、下手に動けば動くほど、飲みこまれているのがわかる。ボールに戻そうかとも考えたが、腰まで砂に飲まれているため、ボールの所在がわからない。巨大な漏斗の中に閉じ込められたかのような気分だ。
なし崩し的にはなちゃんと、その肩に乗っていた美遥を巻き込んでしまったことを申し訳なく思ったのを最後に、意識ごと砂の中へと飲みこまれていった。

一瞬ののち、軽めの衝撃が背中と腰に伝わる。暗転していた視界がもとの薄暗い建物の中を映し出した。
見上げると、ぱらぱらと細かな砂が落ちてきていて、目に入らないよう慌てて腰の位置をずらした。尻餅をつくようなかたちで着地したらしい。幸い、どこも怪我していなかったようだ。溜まっていた砂が、クッションの代わりをしてくれたのだろう。
横を見ると琳太たちがいて、むくむくと身体を起こしはじめていた。

「大丈夫?」
「ん!」

琳太はぴんぴんしていて、隣の九十九を指でつついていた。流砂から落ちてしまったことに驚いて放心状態だったらしい九十九は、それでようやく意識を取り戻して、琳太を見、上を見、それからわたしを見て、ほっと息をついた。

「みんないるよね……?」
「ああ」

自分の身体によじ登ろうとしている美遥を見下ろしながら、はなちゃんが返事した。そういう小さいポケモンを相手にする姿が板について見えるのは、育て屋にいた名残だろう。何か言いたげにちらりと視線を投げかけられたが、ごめんねと言えばため息をつかれた。あの時、一度目で手を引っ込めてしまったことを言いたいのだろう。変に遠慮するな、と。


ここは建物の地下、でいいのだろうか。遠目に階段を見つけて、帰り道があるらしいことに安堵する。それならせっかくだし、この奥の方も見てみたい。手についた砂を払い落として、複の裾も軽くはたく。髪の毛はきっと、ごわごわになっていることだろう。今晩は念入りにシャワーを浴びよう。

上の階よりもここにある砂の量は少ないらしく、立ってみると硬い感触が伝わってきた。靴もさほど埋もれない。けれど、またさっきのようなことがないとは限らないから、今度は音の大きな方には近づかないようにしなければ
九十九が立ち上がったのを見はからって、歩き出す。そのとき、朽ちた柱の陰で何かが動いた。

「ああ、ようけここまで来たねえ」

聴いたことのある声。どこで聴いたっけか、と記憶を引っ張り出すと、果たしてその人であった。黒くてさらりと長い髪に、穏やかな口調。

「シッポウ博物館の……!」

ひょっこりと姿を現したのは、わたしに美遥を託したその人であった。




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