金色の海に溺れる‐01 

普段は砂嵐が吹き荒れ、3歩先すら満足に見通せないほど劣悪な視界なのだという。しかし、今日のリゾートデザートは、不気味なほどに凪いでいた。時折思い出したように吹きすさぶ風が、熱をはらんで細かい砂塵を巻き上げていく。振り向けば、わたしたちの足跡がくっきり残されており、どこを歩いてきたのかすぐに分かった。

ヒウンシティを出て、舗装された道路を外れた先にあるリゾートデザート。ここに、美遥をわたしに託した人がいる。

大した建物も、身を寄せられそうな木々もなく、じりじりと太陽が照り付けてくる。これなら多少風が吹いてくれていた方が良かったかもしれない。太陽から逃れるすべはないけれど、せめてもの抵抗のつもりでハンカチを頭の上に乗せた。片手で押さえながら日除けがわりにして歩く。

遺跡のある砂漠だから、ちらほら人がいるのを見かけるし、時折砂の中からメグロコなどのポケモンも飛び出してくる。砂漠といえば厳しい環境で、生き物の気配があまりしない印象だったけれど、ここは結構にぎやかだ。

「あぢー……」

となりを歩いていた美遥が、何度目になるかわからない「暑い」を訴える。彼の住みかがあるかもしれないということでやって来てみたけれど、本当にそうなのだろうか。砂漠にすむ鳥だなんて、聞いたことがない。地を這う生き物の爪や牙が届かないところで暮らすために、普通鳥というものは木があるところに居るんじゃなかろうか。
もしかしたら前に美遥の生きていた時代には、この砂漠にも森が広がっていたのかもしれない。

「美遥のお家はなさそうだね……」
「そんなことより涼しいところに行きたいよお……」

それはわたしも同感だ。歩くのですらつらいというのに、何かを探してうろつくだなんて。遠くに目を凝らしてみると、うっすらと大きな建物の影が見えた。あれは確か、古代の城。観光名所にもなっている遺跡だ。観光がてら、休ませてもらおう。

「うう、もう疲れた……」
「美遥、美遥、」

熱い砂の上にへたり込んでしまった美遥の前に、琳太が立つ。何をするのかと思えば、琳太は自分の着ているポンチョをばさっと美遥にかぶせた。琳太のお腹に美遥が顔を突っ込むようなかたちになっていて、はたから見ればなかなかシュールだ。

「おおー、ちょっと涼しいぞお」

一時的に日陰へと、上半身だけでも避難できた効果はなかなかのものだったらしい。手についた砂を払って、美遥が立ち上がる。

「ボールに戻っててもいいよ?」
「ん、大丈夫」
「おいらも!」

2つの元気な返事を聞いて、また砂漠の旅が始まる。
いつでも琳太と美遥はわたしの隣を歩きたがるし、手を繋いでいることも多い。たまには遠慮せずに休んでていいのにって思うけれど、わたしもひとりで歩くよりはにぎやかでいいかなって思う。さすがにヒウンシティのような人混みでは、もう琳太たちと歩く気になれないけれど。

どこからともなく風が吹き出して、細かい砂まじりの熱風になる。慌てて飛び込むようにして建物の中へと入った。古びて黒ずんだ、今にも崩れてしまいそうな建物だったけれど、内装はどっしりとしていて、安心感があった。ただ、扉がないせいで砂が気ままに入り込んでしまっていて、歩く度にざぶりざぶりと浅い砂の海を歩いているようだった。足首まで砂に埋もれている。靴下と靴の間に砂が入り込んで気持ち悪い。これくらい細かくてさらさらした砂なのだから、いっそのこと裸足の方が快適そうだ。

「ちょっと休憩……」

建物の壁に背中を預けて座り込む。鞄を漁って、飲み物を出した。モンスターボールの中に居ても、ここリゾートデザートの暑さは伝わっていることだろう。九十九とはなちゃんにも出て来てもらって、人数分缶が行き渡ったのを確認してから、プルタブに指をかけた。

「うー、生き返ったぞお……」
「死んでたのかよ」
「そんなことないぞお……」

ミックスオレがいつもよりも甘ったるくて濃く感じられるのは、よほど喉が乾いていたからだろう。軽口をたたき合う美遥とはなちゃんをぼんやりと眺めながら、缶を傾けた。





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