絵空事の握手‐07
「んぬん……やるねえ!お次はこいつさ!」
ホイーガをボールに戻したアーティさんは、すぐさま次のポケモンを繰り出してきた。
やどかりのような容姿のポケモン、イシズマイ。ホイーガとちがって、こちらはあまり素早くなさそうだ。
かなりのダメージを受けているはなちゃんにお疲れさまと声をかけてから、ボールに戻ってもらった。次に出すのは、九十九だ。
「よろしくね、九十九」
「うん!が、がんばる、ね」
出会ったころと比べて随分と頼もしくなった背中。
試合開始の旗が上がると同時に、アーティさんの口角が、不敵に吊り上がった。背筋がぞわりとする。
「イシズマイ、ロックカットだ」
「えっ」
格段に素早さが上昇したイシズマイは、その容姿からは想像もつかないほどに短時間で、九十九との距離を埋めた。ハサミが振りかぶられる。
「れんぞくぎり!」
「み、みずのはどう!」
完全に油断していたのは、わたしも九十九も同じ。もろにれんぞくぎりを食らった九十九は、よろけながらもみずのはどうを放った。しかし、そのころにはイシズマイは素早く引き下がっている。再び向こう側の素早さに翻弄される結果となってしまった。
「イシズマイ、ロックブラスト!」
「シェルブレードで応戦して!」
いくつも飛んでくる石の弾丸は、避けるだけではさばききれない。九十九のホタチが光り、一閃、また一閃と岩を受け流していく。
「イシズマイ、ステルスロックだ!」
今度は細かく鋭い岩が、ぐるぐると宙を漂いだした。初めて見るわざに、どう応戦しようかと戸惑うばかり。図鑑をのんきに開いている時間など、どこにもないのだ。相手は待ってはくれない。
襲い掛かる気配のない岩くずたちだが、いつ動き出すかわかったものではない。そういった牽制の意味がこもっていると気づいたときには、もうイシズマイが九十九の目の前に迫っていた。
「九十九!!」
名前を呼ぶことしか出来ない自分を、ひどくもどかしいと思う。
ハサミが二度振りかぶられ、咄嗟に九十九はホタチで応戦したものの、完全に受け流すことは出来なかったのか、がっくりと膝をついた。
「もう一度れんぞくぎりだ!」
「みずのはどう!」
立ち上がれないままの九十九は、敵のいい的だ。身体が十分に動かせない以上、みずのはどうで対応することくらいしか思いつかなかった。
みずのはどうをイシズマイが鋭いハサミで裂くようにして突っ切ってくる。結局、九十九の抵抗はあったものの、イシズマイのれんぞくぎりは決まってしまった。
「フタチマル、戦闘不能!」
倒れてしまった九十九を抱き起すと、ごめんなさいと言われてしまった。言わせたくなかった言葉に、きつく唇をかみしめる。九十九は頑張ってくれたし、わたしの言葉にもこたえてくれた。わたしが至らないから、こんなことになってしまったのだ。謝りたいのはわたしの方。
頭を撫でて、ボールに戻す。弱々しい傷だらけの表情が、赤い光となって吸い込まれていった。
「アーケン、お願いしても、いい?」
『おう!おいらに任せておけ!』
はなちゃんにお願いしようかとも思ったけれど、はじめのバトルで結構なダメージが蓄積しているはず。もう少し休ませておいた方がいいだろう。
「アーケン、頼んだよ!」
赤い光から弾けるようにしてアーケンが飛びだした瞬間、鋭い岩くずたちが一斉に牙を剥いた。アーケンに、四方八方から岩くずが飛んでくる。
『う、わああ何だよこれ!?』
小さな羽を精一杯ばたつかせて抵抗するアーケン。ボールから出たばかりだというのに、もう身体のあちこちに細かいかすり傷ができてしまっている。
あれはトラップのようなものだったのだと、その時初めて分かった。そうなると、ますますはなちゃんが出しづらい。下手すれば交代した瞬間に戦闘不能にもなりかねないのだ。
「アーケン、いくよ!」
動揺している暇はない。わたしがアーケンを落ち着かせなければいけないのだから。わたしの声に反応して、アーケンはイシズマイを見据えた。
「こうそくいどうからかげぶんしん!」
まずは、相手のスピードに追い付かなければ。素早く動き出したアーケンの身体から、無数の残像が飛び散って、イシズマイを取り囲む。
「いわおとし!」
イシズマイの真上から、ごろごろと岩が降りかかる。素早くひとつひとつをかわしていくイシズマイだったが、アーケンの分身による包囲網を警戒してか、行動範囲はそう広くない。いくつかの岩は、イシズマイの身体を掠め、傷を残した。
かげぶんしんはいつまで持つかわからない。あまり長期戦には持ち込まない方がいいだろう。
「イシズマイ、ロックブラストで蹴散らせ!」
「でんこうせっかで突っ込んで!」
ロックブラストがアーケン本体に当たるか、かげぶんしんの効果が切れるか。それとも、アーケンが運よくイシズマイにたどり着くか……。
イシズマイを中心に、アーケンの影が収束していく。あるもは撃ち落とされて掻き消え、またあるものは薄らいでいく。
「こわいかお!」
ぐっと接近したアーケンが、一斉にイシズマイに向かってすごんだ。かげぶんしんをした状態だと、効果は影の数だけ増えるのだろうか。その辺はよくわからないけれど、とにかく、イシズマイの動きは明らかに鈍った。
「つばさでうつ!」
収束しきって本体のみとなったアーケンは、イシズマイの真正面にいた。小さな翼が空を切って、イシズマイの固い身体にめりこむ。何とか最後まで、本体がばれずに済んだ。
イシズマイが目を回して倒れたことにより、審判の旗がすばやく上げられ、アーケンの勝利が告げられる。
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