絵空事の握手‐06 

蜂蜜色の壁……というか、ほとんど蜂蜜そのものによって仕切られているような空間。向こう側が黄色く透けて見える内装に目を丸くしていると、ゆるくアーティさんが笑った。

「本当ならあちこちさまよってもらって、ボクのもとへやって来れるかを試すところだけれど……まあ、きみは大丈夫だね」

どうやらジムトレーナーの相手をしたり、ジムの仕掛けを解いたりといった過程をスキップしてくれるらしい。
アーティさんに案内されて、ひとつの蜂蜜色の仕切りの前に立つ。通ってごらんと言われて、おそるおそる手を伸ばしてみると、ねっとりと蜂蜜が指先に絡みつく……なんてことはなく、弾力のある感触がした。

思い切って身体ごと無理やり押し切ろうとして、仕切りと力比べをしていると、とうとう向こうが諦めてくれたのか、一気に抵抗が無くなった。仕切りに、今度は背中を押されるようなかたちではじき出される。

「う、わっ!?」

何とか転ばずに済んだものの、なかなか心臓に悪い仕掛けだと思った。わたしのあとからアーティさんもやって来て、先にある階段を上っていく。
そうしてたどり着いたのは、ヒウンジムのジムリーダー、アーティの支配するバトルフィールドだった。

「ボクの虫ポケモンが、きみと戦いたいって騒いでさ。ではでは、始めようか!」

使用ポケモンは3体。途中交代はチャレンジャーのみ認められる。
審判の旗が上がったと同時に、2つのボールが宙を舞った。

「はなちゃん、よろしく!」
「頼んだよ、ホイーガ!」

このジムは、使用ポケモンの数が判明する前から、出来ればはなちゃんと九十九だけで乗り切るつもりだった。決して、アーティさんをなめているということではない。わたしが琳太に頼りすぎるのはよくないと思ったからだ。
琳太のレベルははなちゃんたちのそれよりも、ずば抜けている。だからこそ、拙いわたしの指示でも十二分に通用するし、負け知らずだった。けれど、それではわたしが成長できないままだ。それに、今回は琳太の苦手としている虫タイプが主体のジムだ。いい機会だから、どうしてものときのために、琳太を温存する心づもりでいた。琳太は少し、不満そうだったけれど。

しかし今回、本当に琳太の出番はないかもしれない。なぜなら、アーケンのボールが今か今かとふるえているから。先ほどのメグロコとのバトルが、よほど楽しかったのだろう。3体目は、アーケンにお願いすることにしよう。

先攻はわたしだった。

「はなちゃん、でんげきは!」
「ホイーガ、ころがる!」

でんげきはは必ず当たる技だと言われている、しかしそれは、相手に当たるということであって、必ずしも相手にダメージが与えられるということとイコールではない。土煙を上げて加速しだしたホイーガは、電撃を受けてもなお、止まらない。藤色の身体は回転することで、電撃を微量ながらも弾いているようだった。一直線に、はなちゃんへと突っ込んでくる。

「ニトロチャージ!」
「かわせ!」

ぎゅるぎゅると勢いを増すホイーガは、炎をまとったはなちゃんと衝突する寸前で、地面から勢いよく飛び上がった。はなちゃんの頭上から、押しつぶすように落下してくる。
攻撃をかわされて前につんのめったはなちゃんが体勢を立て直す前に、ホイーガのころがるが直撃した。

「はなちゃん!」
『ッてーなおい……大丈夫だ!』

ホイーガは、はなちゃんと衝突した後も勢いが衰えていない。それどころか、ますます加速しているようにすら見える。蹄を鳴らして立ち上がったはなちゃんが、たてがみからばちりと電流をほとばしらせた。

「はなちゃん、ニトロチャージ!」

今のホイーガは、加速度的にスピードが上がっている。ならば、こちらもスピードを上げて対抗するしかない。炎をまとってホイーガに突っ込むはなちゃんだったけれど、まだまだ相手のスピードには追いつけそうになかった。あっさりとかわされてしまう。

『クッソ、ちょこまか動きやがって……!』
「さあ、どうするのかな?……ホイーガ、もう一度突っ込むんだ!」

バトルフィールドを縦横無尽に駆け回っていたホイーガが、地面を抉りながら猛進してくる。ニトロチャージで迎え撃ったところで、力負けしてしまう。
一瞬だ、一瞬でいい。ホイーガに隙ができさえすれば。

ホイーガをぎりぎりまでひきつけておいて、声の限りに叫んだ。

「真上にでんこうせっか!!」

攻撃のためではなく、回避のために。2回ニトロチャージを仕掛けていたのが功を奏したのか、刹那の時間だけ、はなちゃんは目も眩むようなスピードで動き、跳んだ。

急には止まれないホイーガは、慌ててバトルフィールド内に留まろうと急ブレーキを掛けながら、方向転換を試みる。ジムリーダーのポケモンだから、バトルフィールドから出ては無条件に敗北、などの規則はしっかり染みついているのだろう。

「でんじは!」

ホイーガの上空から、電気の網が覆い被さる。
わたしの言葉を待つまでもなく、着地したはなちゃんがその身に炎をまとった。三度目の正直、だ。ホイーガは麻痺して、身体の自由を奪われている。

「ニトロチャージ!!」

火花が、ホイーガの身体の自由を奪っている電流と相まって、いっそう明るく弾け飛んだ。
のろのろと惰性のように転がっていた身体が、推進力を失ったタイヤのように、ぱったりと倒れた。
轍だらけのフィールドに立っていたのは、傷だらけで、だけれども誇らしげなシママの姿なのであった。




back/しおりを挟む
- ナノ -