絵空事の握手‐05 

ほめてほめてと抱き着いて来るアーケン。嬉しいのはわかるし、わたしだって喜びたいところだ。けれど、今はそれどころではないので、何とかボールの中へと戻ってもらう。そうこうしているうちに、アーティさんの方も勝負が終わったようだった。

マズイマズイ、プラズマズイ、だのなんだのと言いながら、プラズマ団のしたっぱたちは門番の役割を放棄して、そそくさと建物の中へと逃げていった。追いかけなければ。そう思って動かそうとした足が、遠くからの「おーい」という掛け声によって止まる。ベルたちだ。
アーティさんからの連絡を受けて、駆けつけてきたらしい。4人そろったところで、アーティさんを先頭に、建物へと足を踏み入れた。


「これはこれは。ジムリーダーのアーティさん」

不快に鼓膜を震わせる声。この男の声は、心を浮つかせる不協和音のように不気味だ。胡散臭そうな笑みを貼りつけて、ゲーチスが待ち構えていた。
こく、と喉を鳴らしてアーティさんの方を見ると、普段通りの柔らかい表情のままだった。あくまでも自然体で居られるその心の余裕を、少しでいいからわたしにも分けて欲しい。

「プラズマ団って人が持っているものが欲しくなると盗っちゃう人たち?」

アーティさんの皮肉を軽く受け流して、ゲーチスは笑う。
彼は言った。今一度、英雄と伝説の白きドラゴンポケモンをこのイッシュによみがえらせ、人心を掌握すると。そうして、彼らの望む世界にするのだと。それはもう、ポケモンの解放を目指すという言葉が建前にしか聞こえないくらいに、欲望に満ちあふれたものだった。

「このヒウンには、たっくさんの人がいるよ。それぞれの考え方、ライフスタイル、ほんっとバラバラ。正直、何を言ってるかわからないこともあるんだよねえ……」

何を言うかと思えば、突拍子もない話題を振るアーティさん。彼の意図していることがわからずに、誰もが敵味方関係なく、首をかしげ、眉根を寄せた。

「だけど、みんなに共通点があってね。ポケモンを大事にしているよ。初めて出会う人とも、ポケモンを通じて会話する。勝負をしたり、交換したり、ね」

ボクらはあなたたちの思い通りにはならない。ボクらはポケモンとこれからもずっとずっと寄り添って生きていく。
やわらかな物腰とは裏腹に、その声は芯の通った、鋭く強固なものだった。

一瞬呆けていたゲーチスは、アーティさんの言わんとすることがわかるや否や、豪快な笑い声を響かせた。

「つかみどころがないようで、存外キレものでしたか。ワタクシは頭のいい人間が大好きでしてね」

ここは引きあげましょう。そう言って、ゲーチスは部下を引き連れて去っていった。去り際に部下が彼に命じられて、ひとつのモンスターボールをベルの方へと投げて寄越した。
取り落しそうになりながらも両手でキャッチしたボールが、ベルの手から弾けるようにして開く。そこに入っていたのは、わたしたちがずっと探していた、ベルのムンナだった。

『ベル!』
「あっ、ありがとう!ムンちゃん、お帰り!!」

ぎゅっとムンナを抱きしめたベルが、思わずといった風にお礼の言葉を口にする。あろうことか、ポケモンを奪った相手に対してお礼を述べてしまったベルは、アイリスちゃんにすぐさま噛みつかれた。

「おねーちゃん!こいつら、ひとの大事なポケモン盗ったわるものなんだよ!?」
「で、でもお……。ムンナが無事でうれしくて……!」

ベルの気持ちもわからなくはないが、アイリスちゃんの気持ちもわかるし、わたしもどちらかといえばアイリスちゃんの肩を持ちたい気分だ。不満げにむすっとした表情のアイリスちゃんは、そのまま今度はアーティさんの方へと突っかかっていった。

「どーしてわるいヤツを見逃しちゃったの!?」
「……んうん。だって、奪われたポケモンにもしものことがあれば、ボクたちはどうすればいいのさ?」
「それは、そうだけど……」

アイリスちゃんは納得がいかないといった風ではあったけれど、渋々引き下がった。この街の治安を守る主たる人物はアーティさんなのだし、彼の方が人生経験も豊富だ。色々と今後のことを考えたのだろう。
閑散とした建物に、わたしたちの声だけが響く。嵐が過ぎ去ったあとの安心感からか、一瞬足元がふらついた。

ベルはアイリスちゃんとヒウンシティを見てまわるのだという。まだ一人で出歩くのを不安がっているベルではあったけれど、アイリスちゃんがいれば安心だ、とアーティさんが太鼓判を押していた。きっと彼女は、とても強いトレーナーなのだろう。

「さて、きみはどうするんだい?」

ベルがアイリスちゃんに引きずられるようにして建物から出ていった後、わたしとアーティさんだけが残された空間。
わかっているくせに、わざわざ確認してきたアーティさんの目をまっすぐに見つめて、わたしは口を開いた。

「ヒウンジムに、挑戦します」
「ようこそ、チャレンジャー」

不敵な笑みを浮かべた彼の瞳は、やっぱりどこまでもまっすぐで、それでいてつかみどころのないものだった。




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