絵空事の握手‐03 

人通りがあまりにも多くて、誰もがせかせかと歩いているから、まっすぐ歩くのにも一苦労だ。ヒウンシティに到着した次の日、まずわたしが目指したのはアーティさんがいるであろうヒウンジムだ。

「アーケンくん、こっちこっち」
「……」
「アーケンくん!」
「うおっ!?」

道を押し潰しそうなくらいにそびえ立っている建物たちを、ぽかんとした顔で見つめていたアーケンくん。立ち止まっている彼の周りを、少々迷惑そうな顔をしながらサラリーマンたちが避けて通っていく。

少し大きめな声で呼べば、アーケンくんはようやく我に返った。はぐれてはいけないと、手を繋ぐ。片方の手はすでに琳太で塞がってしまっているから、両手が不自由になってしまうけれど、仕方ない。

「なあなあ、あのでっかいのの中には、なにがあるんだ?」
「建物のこと?中には人間がいるんだよ」
「そっかあ。人間っていっぱいいるんだなあ」

もしかして、一つ一つの窓全てにひとりずつ、人間が詰まっているとでも思っているのだろうか。感心したように改めて建物を見上げるアーケンくん。完全に前方不注意だ。何とか人混みの中でうまく手を引いて、なるべく人の邪魔にならないようにするだけでも一苦労。かといって、琳太と手を離そうとすると寂しそうな顔をされてしまう。うーん、どうすればいいんだ。

「アーケンくんは、わたしと出会う前の記憶ってあるの?」
「うーん、よくおぼえてないんだなあ……」
「じゃあお家のこともよくわかんないんだ?」
「そうだなあ……おいら、かえりたいとは思うけど、どこにかえったらいいんだろ」

一度死んで生まれ変わったようなものだし、息を吹き返すまでには途方もなく長い時間がかかっている。覚えていないのも無理はない。
第一、身体の一部から再び身体全体を復元させ、命を吹き込むという技術自体が驚きだ。

もし、あの時博物館で男の人に声を掛けられていなかったら。いや、それ以前に、あの男の人が化石を手に入れていなかったら。わたしがアーケンくんと出会えたのは、それこそ奇跡のような確率だと思う。

「リサ、あれ」

琳太が指さした方向には、チェレンがいた。ちょうど建物から出てきたところのようだ。

「チェレン、チェレン!」

人混みをかき分けながら、声を張る。さほどわたしと彼の距離は遠くないけれど、雑音が多すぎる。
ようやく彼の前に立てたときには、肩で息をしていた。

「やあリサ。今からジムに?」
「うん。チェレンは……?」
「ほら、この通り」

少し手こずったけれど。そう付け足しながら、チェレンはバッジケースを見せてくれた。3つ目のところにわたしの知らないバッジが収まっている。
ということは、ここがヒウンジムか。見つけられてほっとした。これ以上雑踏の中をさまようのは御免だ。

「おめでとう!」
「ありがとう。でも、ぼくはもっと強くなる。強くなってチャンピオンを超える!」

誰もが強いトレーナーとして認めてくれるような存在になりたい。そう言い残して、チェレンは去っていった。ポケモンたちを回復させるために、ポケモンセンターへと向かったのだろう。
わたしも頑張ろう、彼の強い意思を宿した瞳を思い出して、そう思った。少し頑なな部分はあるけれど、チェレンは何だかんだで世話焼きで、優しい男の子だ。わたしの本来の年齢からしてみれば、優秀な弟を持ったような気分でいる。
チェレンの背中に向けていた視線を扉の方へと向けたとき、おもむろにそれが開かれた。慌てた様子の勢いに、思わずのけぞる。

「うおわ?……あれ、きみは確かヤグルマの森で、」
「アーティさん!」

肩で息をしながら出てきたのは、ヒウンジムのジムリーダーその人だった。奥で待ち構えているはずの彼が、どうしてここに。
わたしを見るなり、アーティさんの眉が申し訳なさそうハの字を描いた。

「ジムに挑戦しに来てくれたんだよね。あうう、申し訳ないけど、ちょいと待ってくれるかな?」

チェレンとの一戦が終わったあとだ。ポケモンを回復させるまで待ってほしいということだろうか。そう思ったが、アーティさんの次の言葉でわたしは顔をしかめざるを得なかった。

「連絡があってさ。この街にもプラズマ団が出たらしいんだ!」

間接的にであっても迷惑を、あろうことかプラズマ団にかけられるだなんて。勢いをそがれて、高揚していた気分が萎んでいくのがわかる。宿題をやろうとしていたところに、親から勉強をしろと怒られた小学生のようだ。むっと頬を膨らませている琳太が、しっかりわたしの気持ちを代弁してくれていた。

まあ出てしまったものは仕方がない。アーティさんが動かなければならないというのもわかる。ジムリーダーである以上、街の治安を守ることだって大切な役目なのだから。

ただ解せないのは、きみも来てよ、とアーティさんがわたしの手を掴んでずかずかと歩き出したことだ。アーケンくんと琳太には、急いでボールに戻ってもらう。イエスともノーともいうことを許されないまま、わたしは手を引かれて再びヒウンシティの雑踏の中に身を投げた。どうしてわたしまで連れていかれるんだ。

「あ、あのっ」
「んうん?プライムピアっていう波止場だよ」

違います。場所を聞いてるんじゃないんです。
否定するのも煩わしい。というよりも、人混みの中、手を引かれて歩くことに一生懸命になっているせいで、それ以上会話をする気にはなれなかった。ただひたすら、はやく人の少ない、落ち着いた場所にたどりつくことを、祈るばかりであった。



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