絵空事の握手‐02 

首が痛くなるほど上を見る。狭い空を突き刺すようにして立ち並ぶビルの群れは、高さ以外に違いがよくわからない。同じような色で同じようなフォルムをしていて、窓があってドアがある。
大都会ヒウンシティは、典型的なコンクリートジャングルだった。

一瞬で肩が凝りそうになったので、首を振りつつ上を向く。いつの間にかはなちゃんからわたしの肩の上に戻っていたアーケンくんは、未だに空を仰いだままだ。ほう、と小さなため息が聞こえてくる。

アスファルトによって逃げ場を失った太陽の熱が、これ幸いとばかりにわたしの身体を焦がして去っていく。上からも下からも熱に包まれて、少し動いただけでもじわりと汗がにじんだ。さっき休憩したばかりなのに。

「うう、溶けそう」

んなわけねーだろ、というはなちゃんの小言を聞きながらシャツの袖を捲る。コンクリートの灰色と、たくさんの人たちが行き交うアスファルトの中に、赤色を探す。
大通り沿いに歩けば、目的の場所はすぐに見つかった。早足で向かい、ポケモンセンターの前に立つと、反応して開いた自動ドアから迎え入れるように冷気があふれ出してきた。

「すずしいー!」

嬉しそうな声をあげた琳太が、はしゃいでポンチョをぱたぱたさせた。名前を呼んで手を引いて、カウンターへと向かう。
モンスターボールにみんなを戻して部屋の予約もついでに済ませたら、あとは涼むだけ。しばらくはロビーでゆっくり雑誌でも読もうか。まだ汗の引かない額をタオルで拭いながら、空いていた椅子へと腰かける。雑誌へと伸ばしかけた手を止めて、カバンを漁った。
たまには連絡しないとね。

「……もしもし、」
《もしもし。久しぶりだね、リサ》
「うん、久しぶり。……って、あれ?」

3コールで繋がったライブキャスター。
サツキの顔が見えて、それから、と違和感に気付いたとき、彼がふふっと悪戯っぽく笑った。

《気付いちゃった?》

彼の後ろにある見慣れた内装は、わたしの家のものだ。サツキがライブキャスターのモニターから消えて、景色が揺れる。サツキが動いたらしい。

ほどなくして、家族3人が画面越しに手を振っているのが映り、うっかり泣いてしまいそうになった。

「リサ、元気にしてた?」
「うん、うん……!」

うなずきで涙を誤魔化すけれど、きっと気付かれてしまっている。久方ぶりに伝わってくる家族の温もりをとじこめようと、ぎゅっとライブキャスターを持つ手に力をこめた。

「仲間は増えた?」
「うん、とってもいい子たちだし、楽しいよ」

琳太も九十九もはなちゃんも、それからアーケンくんも。一緒にいればにぎやかで楽しい時間を共有できるし、いざというときにはこちらが申し訳ないと思うくらい頼りになる。
わたしの返事を聞いたお母さんは、うれしそうに笑った。

「もう帰って来てもいいんだぞ」
「えっ」
「ちょっと冥斗ったら」

お父さんがそうやって真顔で言うものだから、思わず笑ってしまった。まだ旅を終える気はない。わたしが目指すのはもっとずっと先だから。再びたどり着けるかわからないけれど、きっといつか、あの場所に行くと決めたのだ。
あの人は今、どうしているだろうか。もしかすると、他の誰かが彼を陽だまりの下に連れ出しているかもしれない。それならそれでいい。ちょっと欲を言うなら、太陽の光を浴びたあの悲しい音色が、どんな色に変わったのかを聞かせてほしい。

……でも、たまにはカノコタウンに帰って、面と向かってお父さんたちと話したいと思う。旅先で見たもの、聞いたもの。楽しいことばかりではないし、痛い思いだってしてきたけれど、どれも大切な思い出ばかりだ。積み重なっていく日々はどれもこれもが目まぐるしく色を変え、わたしを捉えて離さない。

会えなかった時間を埋めるようにぽつぽつと言葉を交わし、心が満たされていく。回復終了のアナウンスが鳴ったところで、名残惜しくも通話を切った。

カウンターでジョーイさんから琳太たちの入ったボールを受け取った瞬間、いくらかボールが弾けて人のかたちを取った。
ポンチョをはためかせて琳太が飛びついてくる。もう暑苦しさを感じないくらい十分に涼んでいたので、不快感もなく受け止める。肩に乗ってきたアーケンくんの羽がぱたぱたとそよいで、涼しさを後押ししてくれた。
予約していた部屋に向かいながら、ヒウンシティで何をしようかと考える。アーティさんとのジム戦、あとは、有名だというヒウンアイスも気になる。それから……そうだ。

「今日の夜はアーケンくんの歓迎会だね!」
「かんげいー!」

せっかく大都会に来たのだから、晩ごはんはポケモンセンターのものじゃなくて、どこか少し上等なレストランにしてみたいな、と思ったり。ポケモンも同伴できるようなところを探そうと、部屋のパソコンのスイッチを入れた。




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