絵空事の握手‐01 

一度は通った道を、もう一度進む。プラズマ団を追いかけたときは舗装されていない森の中をがむしゃらに動き回ったけれど、今回は違う。きちんと人工的に整備された一本道を、時々トレーナーと戦いながら歩いていく。この前よりもずいぶん早く森を抜けられて、なんだか拍子抜けしてしまった。

先が見えないくらい長い橋から、出てきたばかりのヤグルマの森を振り返る。青々とした緑がこんもりと盛り上がった景色は、太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。
対照的に少々どぎつく光っているのは、橋のずっとずっと向こう側。遠目からでもわかるほどに所狭しと立ち並んでいる高層ビルの群れたちだ。
森とビル、ふたつを見下ろす空は同じものなのに、どこか違う色味を帯びているような気がした。
日陰の見当たらない眩しい橋をただひたすらに、まっすぐ進んでいく。スカイアローブリッジは、空を突き刺しどこまでも伸びているような気がした。
眼下には高速道路があり、忙しなく大型トラックが往来している。
しばらくすると、高速道路が完全に橋の下に収まり、目に入る景色が青一色に塗り替えられた。

「暑いね……」
「ん」

せめて日傘でもあれば体感温度はぐっと下がってくれるんだろうけれども。アーケンくんは、はじめこそわたしの隣ではしゃぎまわっていたけれど、慣れない擬人化と暑さのせいですっかりばててしまったようで、今はわたしの肩の上。もうすっかりここが定位置になっている。岩タイプを持っているせいなのか、見た目よりもアーケンくんは重たい。この橋を渡りきる頃にはもう、わたしの肩が岩になってしまいそうだ。

「アーケンくん、ごめんけどちょっと降りてもらえる……?」
『えー!せっかくすっげーきれいな景色なのにー!』

ごねるアーケンくん。ごめんね、わたしにもっと体力があればいいのだけれど。アーケンくんの歩幅に合わせてしまうと、果たしていつ橋を渡り終えることが出来るかわかったものではないし、ボールに戻ればせっかくの景色も見れない。にっちもさっちもいかないかに思われたが、弾けたボールから現れたはなちゃんのおかげで解決した。

『おら、乗れよちびすけ』
『ちびすけって言うなよー!でもありがとな!』

ひょいとはなちゃんの背中に飛び乗ったアーケンくんはご満悦だ。とことこと、鳥を乗せて歩く馬。なんだかブレーメンの音楽隊のようだ。

突如、頭を揺らすぐらいの大音量が響いた。ボー、という低い音に誰もが大げさなほどに身体を飛びあがらせる。ほどなくして水平線の向こう側、どこまでも広がる青の上に、ぽつりと白い船体が姿を現した。低い音は徐々に近づいてきて、やがてわたしたちのいる橋のはるか下を通過していく。その一部始終を、琳太たちは呆気にとられて眺めていた。

『すっげー……』

目をみはったアーケンくんは、水平線の向こう側に船が姿を消しても、まだ青い海原を見つめていた。
彼の考えていることが何となくわかったから、先回りすることにした。あれはポケモンじゃないよと言うと、また目を見開いてびっくりする。本当にくるくると、よく表情の変わる子だ。見るものすべてを吸収して、色鮮やかに感動する。アーケンくんがついて来てくれてよかった、と思った。当たり前の景色でも、一緒になって驚きを見つけることが出来るから。

「アーケンくん、」
『何だー?』
「楽しい?」

一度目をぱちくりさせてから、アーケンくんはにっこりと歯を見せて笑った。

『楽しい!おいら、リサたちと一緒でよかった!』

その答えで満たされた心が、少しだけじっとりと湿りを帯びる。自分で尋ねておいて、とは思うけれど、アーケンくんが一緒にいられるのは彼の住みかがあるところまでだ。彼は、帰りたいと言っていた。一人では不安だ、と。だからあくまでわたしたちは付き添いなのだ。楽しければ楽しいほど、別れがつらくなってしまう。

それでも、やっぱり今が楽しいというのなら、それでいいのかもしれない。
答えの出ない問いかけになってしまうのを暑さのせいにして、深く考えるのはやめにした。

ようやくスカイアローブリッジの終わりが見えてきて、余計に暑さが増した気がする。身体がはやくはやくとせきたてて、涼しい風を求めだした。冷たくて甘い飲みものを一気に飲み干してしまいたい。
橋の終着地点にあった休憩所で、わたしの目が自動販売機を求めてさまよいだした。



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