浮世は眩し‐06
さて、お腹も満たされたところで自己紹介といこう。アーケンくんはこの先仲間として同行してくれるのだから、お互いのことをよくわかっておく必要がある。それに、彼にとってこの世界は異世界も同然。知る必要があることが、たくさんあるはずだ。
「改めて紹介させてもらうね。わたしはリサ。一応人間、かな」
『いちおう?』
「うん。詳しくはまた後で話すとして。こっちがわたしのパートナーの琳太。それから……」
あとは視線だけ投げて九十九にバトンタッチしておいた。九十九たちの自己紹介が終わってから、アーケンくんがわたしを見て首をかしげる。
『リサ以外はみーんな、ポケモンなんだな!』
「う、うん。ポケモントレーナーは人間だからね」
『ポケモンじゃトレーナーになっちゃいけないのか?』
言われたことにどきりとして、息が詰まった。
そんなこと、今まで考えたこともなかった。当たり前のように人間がポケモンを連れて歩いている世界だけれど、それが当たり前だという感覚がアーケンくんには備わっていない。
ここでわたしが“人間”であるならば、「そうだよ」と答えられたかもしれない。けれど、その四文字で済ませてしまうことはためらわれた。トレーナーとポケモンの中間、言い方はわるいが、使役する側とされる側の境界に立った半端者のわたしは、どこに行けばいいのだろう。
「あー、まあ、何だ。そういう細かいところは気にすんな」
『えー……』
はなちゃんが助け舟を出してくれたけれど、あまり効果はなかったようだ。アーケンくんが、納得しきっていないようすでわたしの膝を叩いている。
催促されているうちにほろほろと言いたい言葉が降ってきたので、途切れ途切れになりながらも、言葉を繋いでいくことにした。
いずれ、別れが来るにしても、知ってもらわなければいけないことだし、嘘はつきたくなかったから。
「わたしね、お父さんがポケモンで、お母さんが人間なの。でも、ポケモンの姿にはなれないから、どっちかというと人間かなあって……答えになってないかも、しれないけど」
わたしの言葉を聞いて、アーケンくんはしばらくの間ぽかんとしていた。初めて見るものに対して何にでも興味を示して、すごいすごいとはしゃいでいた彼がこうも静かになってしまっては、不安ばかりが募っていく。さすがにいきなり打ち明けるとショックが大きかったのかな。気持ち悪いとか、思ってしまったのかな。
『……す、』
「す?」
『すっげえー!!リサってすげーんだな!!だって、ポケモンだし人間ってことだろ?』
はなちゃんの顔にありありと、心配した俺がばかだったと書いてあって笑ってしまった。
そうか、そういう捉え方だってあるんだな。偏見も葛藤も何一つ知らない純粋な声が、真っ直ぐわたしの耳をくすぐった。半端者だとばかり思っていたけれど、それは両方とも持っているということだ。ポケモンのいいところ、人間のいいところ、両方持っていたっていいじゃないか。
ふたつの種族の真ん中に立って、架け橋になることだってできるかもしれない。そんな大それたことはできなくても、そう願うことくらいは、許してもらえるだろう。
「そうだね、アーケンくんの言う通りだ。ありがとう」
『おいら、何かしたか?』
「うん。うれしい言葉をくれた」
羽が曲がってしまわないように、そっとゆるく抱きしめると、くすぐったそうにアーケンくんが鳴き声を上げた。
小さく衣擦れの音がして、頭に軽い感触がする。アーケンくんの頭に琳太の手が載せられていて、わたしの頭の上のものもそれだと理解した。
「んー」
「琳太も、ありがとう」
「ん!」
誇らしげにわたしとアーケンくんの頭を撫でる琳太は、アーケンくんより少しだけのお兄ちゃんみたいだった。
言いたいことも言えたし、ケーキはきれいさっぱり平らげてしまったし、もうお店を出ようと会計票を手に取った。
その時だった。
ぽん、とわたしの膝から飛び降りたアーケンくんの身体が、淡い光を纏ったのだ。目を細めるほどでもない、微かな、見慣れた光。それがぐんっとアーケンくんの身体を引き伸ばしていく。
「う、わっ」
「ひっ!?」
勢い余ってアーケンくんは、立ち上がった九十九の腰へと抱き着く形でバランスを取った。
びくりと肩を跳ねさせた九十九は、小さく悲鳴を漏らしながらもアーケンくんの背中に手を回して受け止める。
茶色い髪に黄色を基調とした服は、まさにアーケンくん本来の姿から取り出した色を持っていた。
「あーびっくりした……ってうわ!」
自分の手を見て、あたりを見まわして、驚きの声が追い付いていないようすのアーケンくん。きょろきょろと、ひたすら見える景色を確かめては目をみはる。驚きで半開きの口からちらりと見える八重歯が可愛らしい。
びっくりしっぱなしでおろおろしている彼に一言、おめでとうと言えば、そこでようやく動きを止めて、アーケンくんはうなずいた。
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