浮世は眩し‐05 

思わずうっとりと眺めてしまう。日替わりケーキは木の実がふんだんに盛られたタルトだった。薄く塗られた透明なゼリーが木の実を包み、控えめな照明に反射してきらきら光っている。

わたしと琳太の前に同じものが置かれて、わたしの方にはもうひとつ、クレームブリュレがやってきた。これはアーケンくんの分だ。

「アーケンくんのはこっちね」
『何だこれ?うまそうなにおいがするぞ!』

ぱたぱたと羽を動かして、きれいな焦げ目のついたクレームブリュレを見つめるアーケンくん。きっと表面はカリカリ、中はとろりとしているのだろう。……ううん、わたしには木の実のタルトがあるんだから。

ちょうどウェイトレスさんが注文したものを運び終えていったので、九十九たちの方を見る。彼らの頼んだものも魅力的で、心をくすぐられる。
九十九が頼んだのは、抹茶のシフォンケーキとほうじ茶の和風セット。彼らしい、少し甘さ控えめのセットだ。ゆるく泡立てられた生クリームが添えられた抹茶のシフォンは、ふんわりとやわらかそうだ。
英が頼んだのはガトーショコラとカフェオレだった。しっかりカフェオレに角砂糖を追加するのが彼らしい。粉砂糖の薄化粧を施されたガトーショコラは、きっと濃厚な味わいなのだろう。……だめだ、どうしても目移りしてしまう。

美味しそうだのなんだの、言いたいことはあるけれど、それよりもはやくはやくと口が急きたてている。食べるのが先決だ。
いただきます、と手を合わせて、小さなスプーンを手に取った。さっくりとクレームブリュレにスプーンを入れて、すくう。滑らかなクレームブリュレの中に、つぶつぶとバニラが見える。

「アーケンくん、はい」

大きく口をあけたアーケンくんは、ぱくり、スプーンの先端をくわえた。スプーンごともぐもぐしそうな勢いだったので、食べ物じゃないよと言ってスプーンを抜く。

『んんっ、うまい!』

羽を両頬にそえるようにしてうっとり顔のアーケンくんを見て、わたしの頬が緩む。スプーンからフォークに持ち替えて、木の実タルトの先っぽにフォークを入れた。さっくりとした手ごたえのあと、フォークに彩りの欠片が載せられる。口に運ぶと、ゼリーに包まれた木の実が口内で中で転がった。噛み締めれば、甘酸っぱい新鮮さとタルト生地の甘さが広がる。しあわせ、その四文字が頭に浮かんだ。

ぱくぱく、誰もが無言で食べ進み、時々飲みもので口の中を整える。琳太にちらりと視線をやると、見返されて、にぱっという笑顔が向けられた。おいしい、という言葉がなくともそれが伝わる。

『なーなーもう一口!』
「あ、うん!ごめんね」

膝の上でアーケンくんがぴょんぴょん跳ねる。この羽ではスプーンが使えないから、私が食べさせてあげるよりほかない。ひとすくい、もうひとすくいとアーケンくんの口の中に入れていく。クレームブリュレの器が空になったとき、アーケンくんは残念そうな声をあげた。

「リサ、リサ」
「どうしたの?」

琳太に呼ばれて横を向くと、口を開けて待っている琳太がいた。雛鳥がここにもいたようだ。タルトを一口差し出す。満足げに口を動かす琳太は、お返しとばかりに同じタルトを一口返してくれた。ありがたく頂戴する。同じ味なのだけれど、気恥ずかしさや嬉しさが手伝って、違う味に感じた。


「九十九も食べる?」
「えっ!?あっ……と、」
「はい!」

返事を待たずにフォークを差し出す。目元を赤く染めて、おずおずと、九十九は口を開けてフォークをくわえた。控えめにすっと伸ばしていた首を引っ込めて、静かに咀嚼する九十九。頬を赤くして口元をおさえている。

「はい、はなちゃん」
「はァ!?……ああ」

せっかくだからと勢いではなちゃんにも差し出したフォーク。九十九よりもためらわれることはなかったけれど、はなちゃんの耳は赤かった。小さく低い声で「うめえ」と呟く彼を見て、ふふっと笑みが漏れた。

「ほらよ」

ぶっきらぼうな言葉と共に、濃い色をしたひとかけらが口元にずい、と突き出された。はなちゃんが食べていたガトーショコラだ。
いざ自分が食べさせられる側になると、やっぱり恥ずかしい。視線をうろつかせてもごもごと断りの言葉を口にしようとしたが、はなちゃんの腕は少しも引かない。どうしたものかと彼の顔を見れば、口元をわずかに吊り上げて、こちらの反応を楽しんでいた。ますます食べにくいじゃないの!

「これもうまそうだな!」
「あっ、おいこら!」

膝の上から飛び上がったアーケンくんの口の中に、ガトーショコラが消えた。ぱちぱちとまばたきをして、その一瞬の光景を目に焼き付けたのち、ようやく感情が追い付いて、笑いをこらえきれなくなった。噴き出すと、アーケンくんからは怪訝な顔をされ、はなちゃんからは気まずそうに睨まれた。

結局お皿ごとはなちゃんが差し出してくれて、自分で一口頂戴した。濃厚なチョコレートが甘さとほろ苦さを残してゆっくりとほどけていく。そっと、もうひとつのお皿が差し出されたので、九十九からもありがたく抹茶シフォンをもらった。これも美味しい。生クリームとやわらかくて弾力のあるシフォン生地が相まってとろける。

どれもこれも美味しくて、でも食べてしまうのがもったいなくて、ちょっとした葛藤を心の中で生み出しながらも、ケーキをついばむフォークは止まらない。
最後の一口を名残惜しく楽しんで、ほう、と一息ついたのだった。




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