浮世は眩し‐04 

アーケンくんを肩に乗せてシッポウシティを歩く。目に見える全てが珍しいようで、あちらこちらと頭がひとつでは泰ないくらいにいろんな方向を見ては、感嘆の声を上げていた。傍から見ればよく鳴く鳥ポケモンを連れているトレーナーのように見えるだろう。

『でっかい巣がいっぱいあるんだなあ……すっげー』

人間の住む場所は巣じゃなくて家なんだけどね。どちらも「おうち」と言ってしまえば大差ないのだろうけれど。
そういえば、アーケンくんは擬人化できるのだろうか。再び大通りを外れて、ボールに戻していた琳太に出て来てもらう。わたしの意図を組んだわけではないだろうけれど、出てくるなり琳太は擬人化してわたしの腰にぎゅっとしがみついてきた。ぐりぐりと頭を押し付けられるとくすぐったくて、それを誤魔化すために身体の向きを変えて抱きしめた。

『うわっ!?なんだ今の!』

アーケンくんは琳太を見て目を瞠っている。どうやら擬人化は知らなかったらしい。目をぱちぱちさせて、わたしと琳太を交互に見てから、自分の羽へと視線を落とした。

『なあなあそれ、どうやるんだ?』
「ん……どうやるんだろ、リサ、わかる?」
「えっ?わたしはやったことないからわかんないよ……」

確かに、擬人化ってどうなっているんだろう。この世界は不思議なことだらけだから、擬人化だってまあそんなものだろう、くらいにしか思っていなかった。けれど、ポケモンが、羽を仕舞い蹄を隠し、前足を地面から離してヒトのかたちを取るのだ。もとの姿を多少留めているような進化とは、全く毛色の違う変化。変身、と言ってもいいのかもしれない。使う言語すら変わってしまうというのも不思議だ。

「人と話したい、とか、人間に対して強い感情を抱けばなれるって、聞いたことはあるよ」

完全に受け売りだけれど、適当にはぐらかしてしまいたくはなかった。
わたしの言葉を聞いたアーケンくんは、そっくりそのまま言葉を復唱してから考え込んでいる様子だ。

静かになったアーケンくんを肩に乗せたまま、琳太と手を繋いで再び歩き出す。アーケンくんとたくさん話してみたいけれど、人前で大っぴらに話すことは控えたい。ちょうどこれから向かおうと思っていた場所は個室も用意されているようだから、丁度いいと思う。


パンフレット片手にドアを開けると、ころんころんと柔らかなベルが鳴った。ヒウンシティと言えば、カフェも有名だ。博物館だけでは物足りないから、と思って朝一番に予約を入れておいた、人気のカフェ。芸術家のたまごがひしめく街だというだけあって、カフェの壁には点々と絵が飾られていた。各テーブルのシュガーポットやテーブルクロスも、アーティストを志す人たちの作品なのだろう、それぞれ異なる色形をしていて、おもしろい。
個性的な内装ではあるけれど、落ち着いたカフェらしい雰囲気も失われていない。朝と呼ぶには遅く、昼と呼ぶには早い時間。予約を入れたのは今朝だけれど、空いている時間帯らしく、予約なしで座れる手前の席の埋まり具合はまばらだった。

レジの奥から出てきたウェイトレスさんに、名前と予約していた旨を伝えると、お店の奥へと案内された。アーケンくんを抱えてわたしが席に着くのと同時に、3つのボールが弾けてヒトのかたちを取る。もうひとつ、行ってみたいカフェがあったのだけれど、このカフェは個室の予約ができて、そこでポケモンを出せるというのだ。せっかくだしみんなと楽しみたくて、原型でも気兼ねなく入れるカフェにした。……といっても、アーケンくん以外は擬人化してしまったけれど。

座ったふかふかの椅子の感触を楽しんでいるうちに、メニューを持ったウェイトレスさんがやって来た。お決まりでしたら呼び鈴を、と言い残して下がっていったウェイトレスさんが、個室の扉を閉めてから口を開く。

「アーケンくんは、何がいい?」
『んー?このぺらぺらしたやつは何だ?食い物か?』

頭をメニューに押し付けて、感触を確かめているらしい。よくわかっていないのだろう。試しにいくつかメニューを読み上げてはみたものの、どれもピンと来ないようだった。

「じゃあ、甘いものは好き?」
『あまいの!好きだ!!』

ぱたぱたと羽を動かして、膝の上ではしゃぐアーケンくん。頭を撫でて落ち着かせてから、わたしも甘いものを求めてメニューにざっと目を通した。

結局日替わりケーキセットで落ち着き、隣にいた琳太はよくわからなかったようで、わたしと同じものでいいかと訊くと、すぐにうなずいた。向かいのはなちゃんと九十九に、決まった?と視線を投げかけると、無言ではなちゃんが呼び出しボタンに手を伸ばした。

音が鳴り響いてからすぐに、メニューを閉じる。あんまり長いこと眺めていると、あれもこれもと目移りしてしまいそうだったから。


注文後、ほどなくして運ばれてきた彩りあふれるケーキを見て、わたしの心はふわっと舞い上がった。同じくらい目に見えてそわそわしているのがはなちゃんで、自然と頬が緩むのをおさえきれずにいると、案の定気まずそうな顔の彼に睨まれてしまった。




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