浮世は眩し‐02 

たまたま表に出ていたらしいアロエさんは、わたしの顔を見るなり笑顔で肩に両手を置いてきた。その温かさと微かな重みを受け取りながら、ぺこりと頭を下げる。

「おかげさまで怪我ももう治りました!あの、これ……」
「ああ、返しに来てくれたのかい!それにしても思ったより早く退院できたねえ……無理しちゃいないだろうね?」
「はい、この通り」

腕を見せれば、アロエさんの顔に少しだけ漂っていた心配の影が消え失せた。そのまま肩におかれた優しい手が、わたしの差し出す紙袋を受け取る。
……ああ、お礼のお菓子くらい忍ばせておくんだった。渡してしまってからちょっぴり後悔したけれど、後の祭りだ。もし今度この街に立ち寄るようなことがあれば、その時こそは。

「もう街を出て行っちまうのかい?」
「いえ、少し観光していこうと思ってます。それと、わたしここの受付のお姉さんに呼ばれているみたいで……」

わたしたちの会話が聞こえていたのか、わきにいた受付の人がカウンターの向こうからやって来てくれた。
曖昧な伝言内容しか頭にないのでどう説明したもんかと思い、とりあえず財布に入れていたトレーナーカードを提示しながら、ここに来るように言われていたことを伝えてみた。すると、お姉さんがかしこまりました、と言って奥へと下がっていく。結局何が起きるのかわからずじまいだ。

「なんだいアンタ、化石の復元でも頼んでたのかい?」
「化石の復元?」

アロエさんによれば、昔生きていたポケモンたちの身体の一部が化石になって発見されることがまれにあるのだという。そしれ、その化石がたとえ部分的なものであっても、今の科学技術であれば元の、生きていた時の姿に復元することができるらしい。
そんなすごい技術があったなんて知らなかった。このシッポウ博物館では、遺跡で発掘された化石の復元も行っている。トレーナーが手に入れた化石を持ち寄れば、復元してくれるというのだ。

しかし、わたしは化石の復元なんてお願いしていないし、そもそもそういうことができること自体、たった今知ったのだ。そんなわたしの様子にアロエさんも、そうじゃなかったのかい、と首をひねっている。


「お待たせしました、リサさん」

先ほど奥へと引っ込んでいったお姉さんが、カウンター越しに声を掛けてきた。奥へ案内するという彼女に従って、関係者以外立ち入り禁止のスタッフルームへと入らせてもらう。アロエさんも気になるようで一緒についてきてくれた。何が待ち受けているのかわからなくてちょっと不安だったから、心強い。

奥の無機質な部屋にある薄い色をしたデスク。その上にあったひとつのモンスターボールを、お姉さんがわたしへと差し出した。反射的に受け取ったが、ますます訳が分からない。

「こちらが復元されたポケモンになります」
「あっ、あの……人違いじゃ……」

トレーナーカードまで提示して認められておきながら、やっぱりおかしいと思う。本当に心当たりがないのだ。そう伝えると、受付のお姉さんがなるほど、といった風にうなずいた。

「心当たりはないとおっしゃっていますが、確かにあなたへ渡すようにとの依頼でした。もしかすると、リサさんへのプレゼントかもしれませんね」
「プレゼント……?あの、どんな人でしたか?」
「長い黒髪で……線の細めな男の方でしたね」

黒のロングヘアーならお母さんかもと思ったがけれど、性別が違う。知り合いにそんな人はいない。
でも、受付のお姉さんが思い出したように付け加えた一言が、微かに記憶を揺さぶった。

「そうそう、やんわりとした特徴的な話し方でいらっしゃいました」
「……!」

あの人だ。博物館に初めて入ったとき、最初に出会った男の人。琳太たちを見て、ポケモンだと見抜いた、やわらかい話し方をするあの人だ。
どうしてあの人がわたしに復元させたポケモンを渡そうとしてくれたのかはわからないままだけれど、誰が送り主なのかわかっただけでもよしとしよう。

「その人の出身場所とか、街とかってわかりますか……?」

わざわざ手に入れた化石を復元させてまで捨てようとする人はいないだろう。ポケモンとして復元させなければいいだけの話。
だから、あの人がこのモンスターボールの中にいるポケモンをわたしに託したのは、単に世話が面倒で押し付けただけではないように思うのだ。何か思うところがあって、わたしを指名したように思えてならない。

「詳しいことは伺っておりませんが、確か、そのポケモンの化石はリゾートデザートで入手なさったとのことでした」

そこが目の前にいるポケモンの出身地。行けば、何かあの人に関する手がかりが見つけられるかもしれない。それに、こうやって展示品として過去の遺産を見るだけじゃなくて、直接ありのままの姿をこの目に映すことができると考えると、わくわくする。

「リゾートデザートはヒウンシティの先にある砂漠で、遺跡も多い。ただの調査員ならいいが、たまに遺跡荒らしをするなってない連中もいるからね、気を付けるんだよ」
「はい!」

リゾートデザート。ヒウンシティを抜けたら、次の目的地はそこに決定だ。暑いのはあまり好きではないけれど、暑くない砂漠もないだろうからそれは受け入れるしかない。

「……開けて、みるね」

手のひらの温度で随分とぬるくなったボールに、わたしの硬い表情が映りこんだ。




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