浮世は眩し‐01 

病室の周りを整理して、荷物をまとめてから真っ白な部屋を見渡す。忘れ物がないかを確認して、最後にカーテンを開けた。軽やかな音と共に、まぶしい朝の日差しが目一杯窓を通して足を伸ばす。
目を細めて床を四角く切り取る光を見つめながら、わたしは病室を後にした。目の前が光の余韻でちかちかしている。

ロビーに出ると、わたしの足元へと真っ先に駆け寄ってくるものがあった。ポカブだ。どこからやって来たのだろうと視線を巡らせると、ベルがロビーのソファーで手を振っていた。ベルが呼ぶと彼女のもとへ帰っていったところから、やはりベルのポカブだったようだ。横にはすまし顔のツタージャを肩に乗せたチェレンもいて、わたしは二人のところへと向かい、並んで腰を下ろした。

人懐っこく膝に乗ってきたポカブの耳の後ろを掻いてやると、気持ち良さそうに目を細めている。そのままわたしの膝の上で居眠りしてしまいそうな様子だ。それを見たベルがもう、とほっぺたを膨らませると、慌ててポカブはベルの膝へと帰っていくのだった。

「リサ、退院おめでとう」
「おめでとう!元気になってよかったあ!」
「ありがとう」

本が詰まった紙袋を膝に乗せて、足をぶらぶらさせる。二人とも、まだシッポウシティにいたんだ。聞けば、わたしのことが心配で残ってくれていたのだという。そんなに気を遣わなくていいのにと申し訳なく思いつつも、やっぱり嬉しくて。口元がゆるやかにほころんでいく。
わたしと彼らの間には、いくつも見えない壁があるけれど、今なら手を伸ばせばすり抜けられそうな気がした。壁があると思っているのはきっとわたしだけで、すり抜けるかどうかはわたし次第なのだろう。

「そういえばベル、伝言を頼まれていたね」
「あっ、そうだった!えーっと、えーっと……」

どうやらわたしに伝言があるらしいが、もしかしてアロエさんだろうか。あの人以外にメッセージを伝えたがっている人が思い当たらない。お父さんやお母さんたちであれば、ベルたちを介さずとも連絡できるし、サツキもそうだ。アロエさんが本の返却を再度連絡すると考えると合点がいく。

「ベル、もしかしてその伝言って、アロエさんからじゃないの?」
「アロエさん?ちがうよ!えーっと、そうだ、博物館……博物館の人!あの受付のおねえさんがね、リサのこと探してたんだあ」
「受付の、おねえさん?」

全く予想外の人物に、わたしは面食らった。仮に竜のホネのお礼をいただくとするならば、それこそ館長であるアロエさん、あるいはキダチさんからコンタクトがあるはずだ。受付のおねえさんは知り合いではないし、仲良くなるまで話し込んだ覚えもない。ただ、シッポウジムに本を返すために向かう予定は決めてあったので、そのついでだと思えば何でもなかった。

「わかった、ありがとう!」

お礼を言って、ポケモンセンターから出ていくベルとチェレンを見送る。これからヒウンシティへ向かうのか、それともここに留まるのかは訊かなかった。きっと速度は違っても通るべき道は一緒だから、また会えるだろう。


ゆっくりと立ち上がって、わたしもポケモンセンターを後にする。石畳の街並みを眺めながら、そういえばシッポウシティをゆっくり観光していないことを思い出した。博物館とジムにしか足を運んでいない。せっかくだからパンフレットで見たようなカフェや、アーティストたちの公開アトリエなんかも見てみたい。

「もう少し、シッポウシティを見てまわってもいいかな」
「ああ、好きにしろ。しばらくは走り回られちゃ不安だし、ゆっくりしていけよ」
「もう治ったってば!」

ほら、と噛まれた傷跡が全く見られない利き腕を見せつけるが、はなちゃんはハイハイとわたしの顔も見ずに投げやりな返事を寄越してくる。本当に大丈夫なのに!

ジョーイさんには傷がきれいに治らないかもしれないと言われていたけれど、そんなことはなくて、むしろ怪我のひどさにしては早い治りだったという。わたし自身も日に日に傷が癒えていくのは包帯を取り換えてもらうたびに実感していた。もしかしたらこちらの世界に来てから、わたしの中に流れているお父さんの、ポケモンの血がじわじわと力を出しはじめているのかもしれない。
いつか壁もすり抜けられるようになったりして、なんて思ってみたり。


そうこうしているうちに、はなちゃんに見せつけても無視された腕を琳太につかまれながら、わたしは博物館へとたどり着いた。今回の目的は展示品でもジム戦でもないけれど。

先に奥にいるアロエさんに声を掛けてから、出ていく前に受付のお姉さんへ声を掛けることにしよう。そう思って中へと一歩、足を踏み入れると、ちょうど会いに行こうとしていたアロエさんその人が、目の前にいたのであった。




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