退き潮は寄るばかり‐02 

プラズマ団の男には勝てたものの、彼がドラゴンのホネを持っているなんてことはなく。どうやら仲間を探さなければならないようだ。わたしの足止めにやって来ていたのはあの男だけではなかったようで、道中ちらほらとプラズマ団の姿を見かけた。足止めしたがっているということは、まだドラゴンのホネを持っているプラズマ団はヤグルマの森を抜け切れていないらしい。この森の出口はひとつだけだから、アーティさんがきっと押さえてくれるだろう。
じゃあわたしは追いかけなくても……。ううん、だめだ、それではアーティさんの負担が増えてしまう。つい人に頼りたくなってしまうのはきっと弱気になっているから。
幸い琳太はさほど疲れていないようなので、このままのペースでいけばなんとかなるはずだ。それに、足止めに来ていたプラズマ団員を差し引けば、最終的にわたしがドラゴンのホネを持っている団員たちにたどり着いても、さほど大人数を相手にしなくて済む。

苔むした倒木の中がくり抜かれてトンネルのようになったところをくぐり抜け、短い草の生えた地面を足早に進む。どれくらい進んでいるのか、今どのあたりなのか、時間と空間の把握がうまくできなくて、疲労ばかりがたまっていく。
そうしてもうひとつ、倒木の中を抜けたとき、目の前に何度も見た特徴的な服の男が現れた。かがんで進むというのは腰を痛める仕草だと、手で腰をさすりながら上体を起こしたところで、プラズマ団員が一人ではないことに気付いた。そう認識した時にはもう遅く、アリゲーターのような姿をしたワニ型ポケモンが目前に迫っていた。わたしを待ち構えていたらしい。

「っ、琳太!」

とっさに出来たのは名前を呼ぶことだけだったけれど、それで伝わったらしい。ボールからひとりでに飛び出した琳太は、大きな口を開けて突進してきたメグロコを迎え撃つ。

ざわりざわり、ヤグルマの森の木々がさざめいた。それが合図だったかのように、何人もプラズマ団員たちが茂みから飛び出してきた。逃げるのではなく、追いかけてきたわたしを潰しにかかる方針で固めてきたのだ。

琳太だけではとても相手しきれない。アーティさんと連絡先を交換しておけば、応援を呼べたかもしれないという今更ながらの考えが浮かぶ頭を左右に振って、後悔を吹き飛ばす。

「ごめんねはなちゃん、いけそう……?」

キズぐすりで応急処置したとはいえ、はなちゃんのけがは瀕死寸前のそれだ。一度でももろに体当たりを食らってしまえば、すぐに戦えなくなってしまうだろう。

『いけそう、じゃねえだろ。いくしかねえ』

申し訳なさいっぱいの気持ちで、はなちゃんのぼろぼろの背中を見守る。心なしかいつもよりも重たい足取りは、彼の受けたダメージそのものを表していた。
メグロコは琳太が相手している。慣れない複数バトルで頭がパンクしそうだけれど、そんなこと言ってられない。はなちゃんを前衛に出すのは避けた方がいいから、サポートに回ってもらおう。

「はなちゃん、でんじは!」

相手の動きが鈍れば、琳太も動きやすい。メグロコにたたきつけるを決めた琳太は、麻痺して動けないミネズミにりゅうのはどうを放った。それでも相手のポケモンが減った気はしない。ふと視線を琳太にやっているすきに、はなちゃんが他のミネズミから体当たりを受けてわたしの足元まで飛ばされた。

「はなちゃん!?」

かがんで、倒れた身体へと伸ばした手に、ぎり、と鋭く熱が食い込んだ。一瞬何が起きたのかわからず、飛び散る赤を呆然と目に焼き付ける。体温と同じ、ぬるい液体がはなちゃんのモノクロの身体にぼたぼたと滴り、ビビッドカラーを添えた。

『クッソ……が!!』

トゲだらけの吐き出すような声。ばちん。頭に響く大きな音で視界が真っ白になる。わたしの腕に噛みついたミネズミがはなちゃんの電撃を食らって後退ったのを、まるで他人事のように見ていた。
頭がぼうっとする。まるでフィルム越しの映像を見ているみたいだ。
身体中の熱が、どくどくと片腕から流れ出しているように、その他すべての感覚が鈍っていて。痛みよりも熱さと震えが勝っているのは、果たして不幸中の幸いなのだろうか。

小さく荒い呼吸が眼下から聞こえていて、かたく目を閉じたはなちゃんの姿をわたしの目が捉えた。ほぼ反射的に怪我していない方の手でモンスターボールを取り出し、そっと押し当てる。わたしの赤で汚れてしまったはなちゃんはボールに吸い込まれていった。

『リサ、リサ、』
「琳太、まだいける?」

心配そうな声音でわたしの名を呼び、駆け寄って来ようとした琳太を言葉で制する。今、背中を向けてしまっては琳太までやられてしまうかもしれない。うう、と不満げにうなった琳太は、再びプラズマ団へと向き直った。

「ミネズミにりゅうのはどう!それから、あっ、右に避けて……!」

あとは琳太の指示にさえ、集中していればいい。そう思ったのに、うまく状況が把握できない。ほとんど琳太任せになってしまっている。思考はのろのろとゆるく動き、、呂律もまわらない。プラズマ団のポケモンたちはあと三、四体ほどなのに、それがとてつもなく多い数に見えてきて、今度は視界が黒く塗りつぶされたようだった。


 

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