千代の傷跡‐04 

電気ショックをもろにくらったマメパトはよろめいた。高度が下がり、ふらふらと翼の動きもおぼつかないが、もしかしたら麻痺したのかもしれない。これくらい下に落ちてきたならば。

「はなちゃん、大丈夫!?」
『問題ねえ!さっさと決めるぞ!』
「うん!はなちゃん、スパーク!」

マメパトが電撃をくらったように、はなちゃんだってエアカッターをすべてかわせたわけではない。特に攻撃を仕掛けているときは回避がおろそかになりがちだし、思うようには動けなかっただろう。
だから、力強い声が返ってきて安心した。光を纏って地を蹴ったはなちゃんの、蹄の音が高らかに響く。空を翔けるように伸び上がったモノトーンの体躯から雷光がはじけ、標的をとらえた。

勝負あり、だ。マメパトは力なく地に伏している。Nは瀕死のマメパトをボールに戻して、無言で次のボールを投げた。飛び出してきたのはわたしが初めて見るポケモンだった。図鑑を取り出して種族を確認すれば、ドッコラーというポケモンらしい。
Nにあとどれだけ控えがいるのかわからない以上、連戦を避けるためにはなちゃんを一度引っ込めようとしたが、目線で制された。しかし、と迷った手が、かたかたと震えるボールにぶつかる。

「九十九……?」

出たいの、と確認の言葉を口にするよりも先に、Nの声が耳に届いた。いけない、向こうはわたしたちを待っててくれはしないのだ。そうして九十九には申し訳ないけれど、前を向いてはなちゃん越しにドッコラーを見つめる。

そうしてなんとかバトルをこなし、わたしはNに勝利した。出番のなかった九十九のボールはおとなしい。無表情に最後のポケモンをボールに戻したNは、光のない瞳でわたしを見すえた。その瞳や、まとっている雰囲気がどうにも苦手で、無意識の内にぐっと歯を食いしばっていたらしい。奥歯がぎりりと音を立てた。

「今のボクのトモダチとではすべてのポケモンを救い出せない……。世界を変えるための数式は解けない……。ボクには力が必要だ……誰もが納得する力……そう、レシラム。かつて英雄と共にイッシュ地方を建国したとされる伝説のポケモン!」

矢継ぎ早に吐き出される文字の羅列に頭が追い付かない。この人は何を言っているのだろう。ポケモンを救い出す。そこだけであれば聞こえはいいが、彼は“すべての”ポケモンを救い出すと言った。その中にはわたしと一緒にいてくれる琳太も、九十九も、はなちゃんも、そしてサツキとお父さんも、含まれているのだろう。

……じゃあ、わたしは救われるのだろうか。ふとそんな考えが頭をよぎったが、強く奥歯を噛み締め直して疑問を噛み砕く。飲み込まれてはいけない。彼の言う解放は、わたしというポケモントレーナーとポケモンとを引き離すこと。そんなこと、認められない。
ここでバトルに勝ったところで、彼を止めることはできないけれど、少しでも、わたしと琳太たちがともにいることを認めてくれたら、と思わずにはいられなかった。せめてもの、口下手で自分の考えをはっきりと固め切ることができないなりの、わたしができる意思表示。


Nが背を向け去っていった後も、わたしは足から根が生えたようにしばらく動けなかった。つい、と服の裾を引かれて意識が戻り、視界があどけなさを残す手をとらえた。控えめに服をつまむ指、手首、腕、と視線を滑らせて、不安げな表情をした九十九と目があった。

「あ、九十九……さっきは、」
「ごめん、なさい……」

バトル中に余裕がなくてコンタクトが取れなかった。しかし先手を打ってきたのは九十九の方だ。わたしが先に謝るべきで、というかそもそも九十九が謝る必要なんてない。バトルの邪魔をしてしまったと思っているのかもしれない。でもそれは違う。丁度はなちゃんを交代させようとしていた時だったから、タイミング的には何ら問題ないのだ。

「九十九も、バトルしたかったの?」
「ううん、わから、ない……したかったのかも、しれないけど、もしもあの場に出されていたら、戦えたかどうかわからない。見ているだけでもよかったかも、しれない」

くあ、と欠伸をしたはなちゃんが、歯切れの悪い回答だなとボール越しに漏らす。その通りだ。でも、九十九がバトルに出たい、見たいというのは相当彼の言動の中では前向きな部類に入る。

「じゃあ、シッポウジム戦はどうしたい?」
「……で、出てみたい、……かも」

逡巡したのち、蚊の鳴くような声で答えた内容に驚きつつも、すぐにそれは嬉しさに飲み込まれた。どうして急にこんなことを言い出したのかはわからないけれど、理由は何だっていいし、そんなものがあってもなくてもいい。曲がりくねった道を一歩、彼は踏みだしてくれたのだ。ならば、わたしはそれに答えて共に歩いていきたい。

「う、あ、あの、ジムリーダーとかじゃなくていい、ジムトレーナーとか、えっと、その、」
「九十九!」
「な、なに?」
「頑張ろうね!」

丸く広がる大きな目と、往来するまぶた。しっかり見つめると煌めきの向こう側にわたしの影が映りこんでいて、小さく揺れた。こくり、こくりと何度も黙ってうなずく彼の手を引いて、もう片方の手を琳太に伸ばす。少し汗ばんだ、遠慮がちな握力を感じる右手と、自然な動作で絡んだ左手。

ぐっと大きく踏み出すと、片方からは歓声が聞こえて真っ黒なポンチョが揺れる。もう片方からは焦った息を呑む音だけが聞こえてきて、くすりと思わず笑みが零れた。




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