千代の傷跡‐03 

空腹だったお腹にたくさん詰め込んだら、今度は眠気がやって来た。シャワーを浴びて髪を乾かしていると、薄暗い洗面所の鏡に映っている自分と目が合った。左右非対称な瞳の色。さすがに寝ているときにまでコンタクトをしているわけにはいかないから。
クセの少ない髪を軽く指で梳いて、ドライヤーのコンセントを抜いた。念入りにブラシも使う。朝起きたらどうせ寝癖がついてしまうのだけれど。ドライヤーで乾かしたての状態のまま、朝を迎えられたらいいのに。


翌朝は、目覚まし時計が鳴るよりも早く目覚めてしまった。くたくたに疲れていた身体がすっきりしているのは、精神的な面もあるのかもしれない。そっと布団から抜け出して、手早く着替える。ブラウスに霊界の布をブローチで留めているときに、もぞりと大きく布団が動く音がした。

「おはよ、はなちゃん」
「ん……ああ」

鋭い眼光も、寝起きには鈍くなるらしい。もともとくせ毛だらけの頭をわしゃわしゃと掻きまわして、はなちゃんは大きなあくびをひとつ零した。それを見ていたわたしも、釣られてあくびをしてしまう。うつっちゃった。わずかににじんだ生理的な涙を指で拭ってへらりと笑いかけると、はなちゃんが少しびっくりした顔でこちらを見ていた。

「どうしたの?」
「お前、その目の色……」

そうか。はなちゃんがわたしの本当の目の色を見るのはこれが初めてなんだった。サツキの目は混じった色、わたしの目は、混ざらなかった色。そう言えばなるほどな、とはなちゃんはうなずいた。なるほど、きょうだいだ、と。

ぴぴぴぴっと無機質な音が部屋に響いて、はなちゃんの星を散らした瞳がわたしの顔から離された。九十九と琳太が入っている布団の塊が動いたのを見はからって、目覚まし時計を止める。おはようと声を掛ければ、寝ぼけた返事が飛んできた。起きだす気配もなく布団の中でごろごろしている琳太を揺さぶって、どうにか布団から引きずり出した。どうにも朝が苦手なのは直らないようだ。

眠い目を擦る琳太の背中を押して、九十九と一緒に洗面所へと押し込む。顔を洗えば目も覚めるだろう。
いつも通り黒のカラコンをはめて、髪をとかす。すっかり日常の一部と化しているコンタクトの着脱は、もう鏡を見なくたって朝飯前だった。・・・・・・泰奈は、危ないからと言って手鏡を渡してくれたけれど。そうだ、九十九たちには、どうしてわたしが旅をしているのかよく話していない。わたし自身のこともそうだけれど、旅の目的だって大切な話だ。きちんと頃合を見計らって、話しておこう。


「さて、街の中をぶらぶらしますか」
「ぶらぶらー!」

とは言っても博物館に行くと決めている。美術館や博物館の類はもともと好きだったし、今のこの世界だけではなく、昔のこの世界のことだって知っておきたいのだ。朝食を済ませ、ポケモンセンターを出る。博物館はすぐそこだったので、さして迷うことなく建物を見つけることができた。博物館はどっしりとした面構えで居座っており、何となくギリシャ神殿を彷彿とさせるものがあった。左右対称な見た目のその手前に、見覚えのあるモンスターボールをかたどった像。その像に刻まれている文字とパンフレットをにらめっこして、やはりここは博物館だと確信する。どうやら本当に、ポケモンジムも兼ねているようだけれど。
像から視線を外したとき、博物館のぽっかりと開いた入口から出てきた人と目が合った。

「あ、」
「ボクは……誰にも見えないものが見たいんだ」

博物館から出てきたのは、カラクサタウンで会ったN。光のない目が怖くて、無意識に一歩後ずさってしまった。つないだ琳太の手が、ぎゅっと力を込めてくる。

「ボールの中のポケモンたちの理想、トレーナーという在り方の真実、そしてポケモンが完全となった未来……キミも見たいだろう?」
「どういう、こと……?」

ボールの中の彼らの理想、とは。ポケモンをトレーナーから開放することを望むNが、ポケモンたちの理想だと思っているのは一体何なのだろう。どうしてこの人は、わたしに疑問を持ちかけるのだろう。やわい考えしか持っていないひよっこのわたしに。
Nがそれ以上口を開く気配がないので、わたしも黙ったままでいた。はなちゃんのボールが何事かと揺れているのをそっとなだめる。大丈夫、少なくともいきなり殴りかかってくるような人ではない……と思う。

「肯定も否定もなし、か。迷っているのかな。……まあいい。ボクとボクのトモダチで未来を見ることができるか、キミで確かめさせてもらうことにするよ」

言うなりNはモンスターボールを取り出した。突然のことに驚いたわたしは、撫でていたはなちゃんのボールを強めに弾いてしまう。赤い光の中から、たてがみを震わせながらシママが現れた。ばちばちと突き刺すような電撃を弾けさせて、首だけわたしの方を向く。

『よくわかんねえけど、倒しゃいいんだろ?』
「う、うん。はなちゃんお願い!」

わたしがそう言うなり、はなちゃんはNのボールから飛び出したマメパトに向かって一直線に駆け出した。しかし、マメパトがじっとしているはずもなく、すぐに上空へと逃げられてしまった。激しい羽ばたきから、風の刃が生み出される。

「マメパト、エアカッター!」
「はなちゃんかわして!」

いくつも生み出されたエアカッターの隙間をかいくぐるようにして猛進するはなちゃんが、マメパトの真下までたどり着き、一度だけぱちりと光を鳴らす。それが合図のようにも思えて、反射的にわたしは口を開いていた。

「電気ショック!」

向こうが降りて来ないのならば、遠距離攻撃を仕掛けるしかない。なおも降り注ぐ風の刃と電撃がぶつかり、互いの威力を弱め合いながらもすれ違い、突き抜けていく。




back/しおりを挟む
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -