幻の敵



「あの・・・」

足蹴りの練習を続けていたら、か細い声が後ろから聞こえてきた。振り返ると、昼間の迷子になっていた男の子、活真くんがもじもじしながら立っていた。手をしきりに動かして俯いたままだ。近づいて顔を覗き込むと、何か怯えた様子で視線を泳がせる。

「君は昼間の・・・どうしたの?何かあった?」
「・・・ヴィ、敵が・・・出たんだ」
「敵が!?」

それまで興味なさそうにしていたかっちゃんが食いついて、私を押し退けて活真くんに詰め寄った。予想していない衝撃に情けない声を出して、私は地面に転がった。

「詳しく聞かせろ!」

あっちの方と指差す活真くんをいきなり小脇に抱えてかっちゃんは爆速ターボで夜空を駆け抜けた。片手で爆破させながら進んでいくかっちゃんの後をフルカウルで追いかけた。敵と聞いて私も黙って大人しくお留守番するわけにはいかない。チラリと振り返ったかっちゃんと目があった。その顔は苛つきを隠さず全面に押し出している。

「なんでなまえまでついてくんだ!」
「なんでって・・・本当に敵がいたら・・・」
「一人で充分だろうが!」

吐き捨てるように言うとかっちゃんは爆破の威力を上げて、一気に加速して大きく跳躍していった。その風に煽られて私はバランスを崩した。

「うわっ!」

活真くんの帽子が飛ばされたので、私は空中で帽子をキャッチして二人の後を追いかけた。

「ちょっと待ってよ、かっちゃん!」

遠くから活真くんの半ベソの叫び声が聞こえて来る。かっちゃんたちは、島の城跡地へと向かっているようだ。城跡地は海を挟んで向こうにある。島とは細い道で繋がっている。満潮時にはその道は海底となり、干潮時にまた現れる道だ。
かなり大きなお城があったんだと、那歩島にきた初日に島を案内してくれた村長が教えてくれてくれた。だけど、遺跡があるだけで、他には何もない。こんなところに敵が?一体何のために?

かっちゃんに追いついて並んだら舌打ちされた。気にせず私も着いて行く。小脇に抱えられた活真くんが「あそこ!」と城へと続く門を指さす。

門の向こうから大きなカマキリの敵がゆらりと姿を現した。5メートルほどの大きさか。身体はぼってりとしているが上半身はかなり細身だ。顔の周りにはピンクのファーのようなものがついている。カマキリなだけに、カマがあるのだが、そのカマにはいくつもの鋭い棘がついている。
こちらに気づいているのか、カマキリは敵意剥き出しで待ち構えている。
かっちゃんに活真くんを押し付けられて、私は活真くんの手を引いて遺跡の影に身を潜める。

「あ、あの・・・」
「活真くん、危ないから隠れててね」
「・・・」
「絶対大丈夫だから」

小さく頷いた活真くんの頭に帽子を被せてニッコリ笑った。
走り出すと、かっちゃんはすでに巨大敵にむかって両手を爆破させていた。あたりは閃光で照らされて眩しくなる。カマキリ敵も例外なく照らされている。
しかしかっちゃんは次の攻撃をすることなく、身動きもとらずにカマキリ敵の振り上げたカマをただ黙って見ている。

「かっちゃん!危ない!・・・えっ!?」

かっちゃんはカマキリ敵のカマで潰された訳ではなさそうだ。地面への衝撃が全くなかったからだ。カマをすり抜けて姿を現したかっちゃんは、過去最高に眉間に皺を寄せて地面を爆破した。その衝撃は周囲へ円形に波及し、ちょっとした地震のように揺れた。
小さな悲鳴があがった。それと同時にカマキリ敵は姿を消した。まるで、プロジェクターで投影された映像のようだ。

「敵が!消えて行く!」
「もう!ちょっとぐらい怖がりなさいよ!」

遺跡の影から姿を見せた女の子が叫んだ。

「あっ、あの子・・・」

活真くんのお姉さんだ。確か名前は真幌ちゃんと言っていた。真幌ちゃんの前にある壁の上に走って行ったかっちゃんが仁王立ちして見下ろしている。

「幻の敵を出したのはお前だな?」

その言葉にあからさまに動揺した真幌ちゃんはしらばっくれた。

「え?どうして幻だって?」
「分かるわ!影がねんだよ!おい、くそガキ・・・ヒーローおちょくって楽しいか?あ?」
「え・・・あ・・・」

座り込んだまま真幌ちゃんが後ろに後退る。危険はもうないと判断して私は活真くんのところに戻って手を繋いで、かっちゃんと真幌ちゃんの元へと走った。

「俺はそんじょそこらのヒーローとは訳が違え。オールマイトを超えてNo1ヒーローになる男。爆豪勝己だ!おちょくる相手を間違えたな」

青筋立ててブチ切れているかっちゃん。真幌ちゃんは怯えてぶるぶる震えている。真幌ちゃんを庇うように立つと「あ゛?退けやなまえ」と凄まれた。手を繋いでいた活真くんがかっちゃんに駆け寄った。

「お、お姉ちゃんを叱らないで」
「ああ!?」
「ひぃっ!!」
「おめぇもグルか。なら・・・」
「ちょっと、やりすぎだって!かっちゃん!怖がってるじゃない。もうやめてあげてよ」

後ろから羽交い締めにしてかっちゃんを止める。だけど、かっちゃんの肘で頬をグニグニと何度も押し返そうとされた。

「放せクソなまえ!何寝ぼけたこと言ってんだ。こちとらおちょくられとんだ。くそガキどもに分からせてやる!あっ!」

押さえつけるためにフルカウルで力を込めたら、かっちゃんが急に力を抜いたせいで二人して地面に転がった。だけど痛みは全く無くてどういう訳か、かっちゃんのお腹の上に馬乗りになっていた。うめき声をあげるかっちゃんの上から慌てて退こうとしたら、かっちゃんに腕を掴まれた。動けないんですけど・・・

「ご、ごめんね?でも、子供のいたずらでよかったじゃない」
「そういう態度が昨今のガキの増長を招くんだ!あ、待てやコラ!!」

その隙に活真くんと真幌ちゃんは逃げ出そうとさしていた。それに気がついたかっちゃんが私を肩に担いで追いかけようとする。

「だから!かっちゃん!」
「ぐあっ!」

するりとかっちゃんの肩から逃げ出して、後ろから腕に抱きついて引き留めた。今度こそ二人は逃げ出して走っていった。

「ダメだってば!」
「俺に命令すんじゃねェ!!!!」

後ろ姿が見えなくなるまで、かっちゃんを押さえ込むのは骨が折れるくらい大変だった。かっちゃんはいつだって女子どもにも容赦しない。ブレないな。
押さえ込むうちに、段々とプロレスのようになってしまって、最終的にはキャメルクラッチをかけていた。かっちゃんがギブだと地面を叩いたので解放した。二人はもうとっくに消えていてかっちゃんも追いかける気はないようだ。どうせ狭い島だからすぐに追いかけることができるとたかを括ったのかもしれない。
背中から退いて、服についた砂埃をはたいて落としていたら後ろからかっちゃんが近づいてきた。

「チッ!!なまえ帰るぞ」
「あ、待って!」
「なんだよ!俺は今最高にイラついてんだ!」
「ほら、流れ星!ここって、住宅が全くないから星がすごい綺麗に見えるよ!!不思議だね!こんなに気候があったかいのに冬の星座が見えるよ。冬の大三角形だ!あ!あっちには・・・」
「ハァ・・・」

かっちゃんはため息をついて私の隣に立って、肩を抱いた。揉み合いになった後に呑気に星の話なんかして、おかしいよね。私は話をやめて黙った。
隣に立って空を見上げる、というより睨みつけているかっちゃんの顎にはまだ私が押さえつけた痕が残っていた。指で触れると、かっちゃんがジロリと睨みつけてきた。

「・・・い、痛かったよね、ごめんね?」
「痛ぇよ。どう責任とってくれんだ」
「せ、責任!?」
「責任取れ」
「え、えーと・・・じゃあ、非番のときにご飯奢る?うーん・・・今日宿直替わろうか・・・?」

私の言葉にかっちゃんの顔がどんどん険しくなっていく。責任取るってどうしてほしいのよー!?
かっちゃんがまた大きなため息をついて歩き出した。追いかけて隣に並ぶと小さな声が聞こえてきた。

「俺と一緒に宿直しろ」
「う、うん!いいよ」

手を繋ぐと、かっちゃんが手を強く引っ張ってきたのでバランスを崩した。

「ぇえっ!?」
「・・・」

かっちゃんに横抱きにされていた。釣り上がった目が段々と穏やかになっていく。首に手を回していたら顔が近づいてきた。唇が口のすぐ横にぶつかった。しかも割と勢いがあった。

「ぶふっ!ちょ、ちょっとかっちゃん!」
「うるせェ!黙ってろ!」

目をつぶると、今度こそ唇に柔らかな感触がぶつかった。首に回した手に力を入れたら、何度もキスされた。キスの嵐だ。ここ那歩島にきてから、二人きりになることなんて全くなかったもんだから急に二人になった上に、こんなキスされるなんて思ってもなかったから、ようやく地面に降ろされた頃には力が抜けてしまっていた。
黙って手を引くかっちゃんの横顔が星明かりの元でもわかるくらいに赤くなっている。そんなかっちゃんにつられて私まで赤くなった。
揉みくちゃになって、プロレス技かけるような彼女でごめんなさいと心の中でこっそり謝っておいた。

A組のヒーロー事務所にもどると、宿直のかっちゃんがいないことに気がついた切島くんと上鳴くんが留守番をして待ってくれていたらしい。

「どこ行ってたんだよー!二人とも!」
「うっせェ!パトロールだ」

相変わらず愛想のない返事をしてかっちゃんは冷蔵庫に飲み物を取りに行ってしまった。私は肩をすくめて苦笑いをした。

「パトロールか!お疲れ!爆豪、緑谷ありがとな!」
「パトロールっていうより、緑谷連れてってんなら最早それデートじゃねーか!?あーくっそー、俺も彼女欲しーー」
「か、上鳴くん、デートじゃないよ!」
「緑谷その表情説得力ねぇから・・・白状しろ!おまえらどこで何してたんだよ!」

肩を掴まれて前後に激しく揺らされる。脳みそシェイクされてしまう勢いだ。

「上鳴やめてやれよ!」
「そ、そうだよ!なんにもしてないんだから!揺らさないでー!」
「いーや、こいつら何かしてたに違いない!」

上鳴くんセンサー鋭い・・・。手を離された頃には焦点が合わないくらいになっていた。ペタリと床に座り込むと、かっちゃんがやってきて上鳴くんを爆破して吹き飛ばした。

「おい、こいつに何してくれとんだ」
「かっちゃん・・・なにも爆破しなくていいじゃない!」
「そーだ!そーだ!緑谷の言う通りだぞ!」
「お前らはさっさと寝ろ!俺がちゃーんと島の平和守っておいてやっからよォ!」
「爆豪!じゃ宿直よろしくな!」

切島くんはニカッと爽やかな笑顔を浮かべた。かっちゃんが二人を追い払って、畳の小上がりで胡座をかいた。ここで電話待機をするのだ。
夜だからそんなに事件やトラブルは発生しないだろうから、気長に待つしかない。
私たちは茹だるような暑さの中、横に並んで扇風機の生ぬるい風に当たっていた。氷の入ったコップも汗をかいている。カランと氷が溶ける音がした。

「かっちゃん、暑いね」
「俺は暑い方がいい」
「そうだね。かっちゃんの個性は冬場よりも夏のほうが本領を発揮できるもんね。夜も暑いのはさすが那歩島って感じだよねー」

暑さのあまりに、私はTシャツを脱ごうと服に手をかけた。

「おい!なまえ!何脱ごうとしてんだよ!アホか!」
「暑いから・・・ダメ?」
「ダメに決まってンだろ!!クソなまえ!!ちったぁ状況考えろ!」

状況って、私たちただ宿直してるだけだよね?Tシャツ脱ぐことにどこが問題があるのか分からないけど、ものすごい勢いで服を降ろされてズボンにインされたし、かっちゃんの顔が怖かったのでそのままにすることにした。

朝まで待機していたけど事務所の電話は鳴ることはなかった。
平和な夜だった。

翌日、目の下に大きな隈をつくったかっちゃん。寝なかったのかと尋ねると「寝れるか!ボケ!」と罵りの言葉を頂いた。
一緒に宿直しよって言い出したのかっちゃんなのに。

不貞腐れるかっちゃんに、寝てる私の横で一晩中理性と戦っていたと、耳打ちされて顔が真っ赤になったのは言うまでもない。



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