さあ受験のお時間です
二日後から始まったトレーニングは想像を絶するものだった。ヒーローの力を受け継ぐということは生易しいものではないと頭では理解していたつもりだった。つもりだったということが今こうして初めて分かった。海岸沿いのゴミを全て撤去する。それが私に課せられたトレーニングだった。大きなものから小さなものまで全てだ。チリ一つ残してはいけない。
オールマイトの個性は、何人もの身体能力が一つに収束されたものらしい。それを今の私の身体では受け止めきれず、四肢がもげて爆散するという。それは嫌だ。なんとしても避けたい。
オールマイトの出身校である雄英高校が志望校であると伝えたら、オールマイトが考案した"目指せ合格アメリカンドリームプラン"というトレーニングプランを渡してくれた。
きっちりと時間や内容を管理して、急ピッチで力を受け継ぐための肉体改造を行っていく。私は他の人の何倍も頑張らないと駄目だ。
オールマイトのプランに加えて、受験勉強をこなさなければならない。私は必死だった。寝る間を惜しんで、トレーニングをした。
受験まであと3ヶ月というときに、ランの途中で倒れてしまった。セグウェイに乗ったオールマイトに叱られた。
「ヘイヘイどうした!?あと3ヶ月だぞー!全っ然間に合わないぞ!?やめるか!?今日はゆっくり休んじゃうか!?」
起き上がりたくても、起き上がれない。地面に倒れこんだままいると、オールマイトはセグウェイから降りて側にやってきた。
「君、プラン守ってないだろ。やりすぎは逆効果だぞ!!合格したくないのか!?」
「入るだけじゃ駄目なんです。私は泣き虫でノロマで愚図だから、他の人の何倍も頑張らないと駄目なんです。きっと追いつけない。私はあなたみたいな最高のヒーローになりたいんです!!」
オールマイトが手を引いて立ち上がらせてくれた。「そう言うの嫌いじゃないよ」と言って笑った。プランを変更するからと言って笑うオールマイトに背中をバシバシと叩かれてまた地面にへたりこんでしまった。
オールマイトの背中に憧れてここまで来たんだ。その憧れのヒーローに背中を押してもらったのだ。頑張るしかない。そう言って己を奮い立たせ、セグウェイに乗るオールマイトを追いかけた。
そうして迎えた入試当日。
私は撤去したゴミの上に立って、日の出を見つめていた。達成感というのは、自然と涙が出るものだということを初めて知った。これでもかという程涙が溢れてくる。涙を拭っていると、オールマイトがいつの間にかやってきていた。ゴミの上から飛び降りると、良くやったと肩を叩かれた。オールマイトの力で吹き飛びそうになるが持ち堪えた。確実にトレーニングの成果が出ている。
「その泣き虫治さないとな!さァ授与式だ緑谷なまえ!肝に銘じておきな。これは君自身が勝ち取った力だ」
その言葉に感動して打ち震えていると、髪の毛を食えと一本渡された。え、感動が台無しなんですけど。もっとこう、光が差してきて力が身体の中に入ってくるとかそういうの想像してたんですけど。違うんだ。ちょっと引いていると、オールマイトは慌てて、性癖とかじゃないから!通報しないで!?と弁明していた。DNAを取り込めば良いので別に髪の毛じゃなくても良いそうなのだが一番髪の毛が無難なのかも。思っていたのと違いすぎたけど、思い切って髪の毛を飲み込んだ。
爆散したらどうしようと思ったけど大丈夫だった。ある意味怖かった。
家に帰ってシャワーを大急ぎで浴びて家を飛び出した。家を出る前に鏡を見て気がついたのだけれど、髪の毛はすっかり伸びて前よりも癖毛が落ち着いている。髪の毛を一つに結って家を出た。
試験会場に着くと受験生の熱気がすごくて尻込みしてしまう。受け継いだ力を試す時間はなかった。ぶっつけ本番で挑まなければならない。
「どけ!なまえ!!」
「かっちゃん!!」
「俺の前に立つな殺すぞ」
「お、おはよ!が、が!張ろうね、お互いがんばろ・・・」
突然のことで吃りながら挨拶をしてしまったのだが、かっちゃんは横を素通りしていった。かっちゃんはあのベトベトの事件以降絡んでくることも視線がかち合うこともなかった。あからさまに避けられている。肩を落としてため息をついた。かっちゃんと話がうまくできないのは仕方無いんだと言い聞かせる。
震える足を踏み出せ。雄英高校への第一歩を。
鈍臭いわたしは、その第一歩目で躓いた。あ、これ転けるやつだ。出だしから躓くなんて縁起悪すぎる。目を瞑るが、衝撃はやって来ずフワリと身体が宙に浮いた。
近くにいた可愛い女の子が声をかけてきた。
「大丈夫?」
わたわたする私をみて地面に下ろしてくれた。浮遊させる個性だろうか。
「私の"個性"ごめんね勝手に。でも転んじゃったら縁起悪いもんね」
そう言って笑う女の子に、うまく返事ができない。私はかっちゃんに絡まれてるせいで距離を置かれていたし、ヒーローオタクすぎて女の子と話が合わなくて、友達らしい友達ができたことがなかったのだ。女の子は頑張ろうねと微笑んで行ってしまった。優しい子だった。あんな子が友達だったらいいのに。
受験会場で、実技試験の説明を受ける。受験番号順に並ぶらしく、かっちゃんの隣だった。そうだよね、受験番号、連番だもんね。隣に座るとかっちゃんは舌打ちをした。
壇上に現れたのはプロヒーローのプレゼントマイク。プロヒーローから説明を受けるなんて驚きでついつい独り言を言ってしまう。かっちゃんにうるさいとコツンと頭を叩かれたけれど、そんなこと気にならないくらい興奮している。
かっちゃんとは模擬市街地演習の会場が違った。同じ学校の人同士で協力させないってことだとかっちゃんが言うので、本当だねと言うと「前向け」とまた頭を叩かれた。
真面目そうな男の子が挙手して質問している。こんな大勢の前で質問するなんて、度胸ありすぎる。私なら絶対無理。失神したほうがマシだ。そう思っていたら、その子が急に振り向いて指をさされた。私?
「先程からボソボソと。気が散る!物見遊山のつもりなら即刻ここから去りたまえ!」
ごもっともです。すみません。できるだけ身体を小さくした。注目を浴びてしまっている。穴があったら入りたい。周りの人たちが嘲笑している。ますます顔に朱が注がれる。かっちゃんが腕組みして机の下で私の足を軽く蹴ってきた。ご、ごめんなさい。
「Plus Ultra!!それでは皆良い受難を!!」
プレゼント・マイクの掛け声で会場別への移動が始まった。私の会場はあっちだな。立ち上がると、かっちゃんが私の腕を掴んで引き留めた。
「かっちゃん??な、何?」
首を傾げるとかっちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をして、ちっちゃく「てめェあとで殺す」と呟いた。え、何で?頑張れって意味かなと勝手に解釈して「が、頑張ろうね」と言うとかっちゃんは頭を叩いて仏頂面で去っていった。今日私叩かれまくってるんですけど。あのベトベト事件以来避けられていたのが嘘みたい。ああ見えてかっちゃんも、緊張してるんだろうな。
オールマイトの力を試す暇が無かったのだが大丈夫だろうか。怖くて震えてしまう。この身体の震えは武者振るいだと思いたい。
会場は圧倒的にデカくて街そのものがそこにあった。ここで、敵を倒してポイントを稼ぐ。
周りを見渡すと、校門で転けそうになった私を助けてくれた女の子がいた。そう言えばちゃんとお礼言えなかったな。お礼言いたいな。そう思って近づこうとしたら、あの真面目眼鏡くんに精神統一をしている彼女の邪魔をするなと止められた。注意されて若干萎縮してしまう。周りの目線が痛い。妨害するつもりなんてないのに・・・
「ハイ、スタートー!!どうしたあ!?実践じゃカウントなんざねえんだよ!!走れ走れぇ!!賽は投げられてんぞ!!?」
プレゼントのマイクの放送により慌てて飛び出すが、完全に出遅れた。焦って足がもつれそうになるが、自分の心をなんとか落ち着かせる。
大丈夫、やれる!
なれる、私はなるんだ!
ヒーローに!
オールマイトがついてるんだから!
しかし、仮想敵はどんどんと周りの受験生に討伐されていって残機が少なくなっている。焦るが、高貴な感じの喋り方の男の子に横取りされてしまった。10分の制限時間があるので早くしなければ、0ポイントだと不合格になってしまう。
周りが45ポイントと叫んでいるのが耳に入り焦りが加速する。突然現れた0ポイントの仮想敵の登場に慌てて逃げ惑う受験生たち。私も逃げないと。逃げつつもポイントを稼がないと。
その時、校門で私を浮かせて助けてくれた女の子が瓦礫に足を挟まれて動けなくなっているのをみつけた。考えるよりも先に身体が動いていた。オールマイトが言っていたことを思い出す。
身体中に力を込めて、心の中でこう叫べ
「スマッシュ!!!!」
ありったけの力を込めて、0ポイント仮想敵をぶっ飛ばした。ぶっ飛ばしたけれど、その衝撃で両脚と右腕が激しく折れてしまった。痛い。痛すぎて涙が溢れてくる。せっかくオールマイトに指導してもらったのに無意味に終わってしまうのか。ポイントも稼げていないのに、地面に叩きつけられて死んでしまのか。残された左腕で地面に向かって撃てば助かる?
いや、そうすれば左腕も壊れたらポイントを稼げず合格は絶望的。走馬灯のように過去の映像が頭の中を駆け抜ける。
後悔しかない人生だった。
かっちゃん、最後にかっちゃんの顔見れて良かったな。仏頂面だったけど。
お母さん、夢を追い続けて迷惑ばかりかける娘なのにずっと支えてくれてありがとう。ごめんなさい。
オールマイト、期待に応えられなくてごめんなさい。私なんかに夢を見せてくれてありがとうございました。
神様、次生まれてくる時は個性を必ず与えてくださいぃぃぃぃ!
地面まであと少し。目を瞑る。
バチンと横っ面を殴られて目を開けると、身体が浮いている。あの女の子だ!助かった・・・いや、助けられたんだ。女の子も無事みたいだ。良かった。
ああ、せめて1ポイントだけでもなんとかしたかった・・・
私の記憶はここで途切れている。気がついたら、雄英高校の保健室に寝かされていた。リカバリーガールによって治療してもらったらしい。覚えていないけど。絶対落ちた。私はその後、セーラー服に着替えて泣きながら保健室を出た。外に出たら通りすがる人たちがわんわん泣いてる私にドン引きするだろうな。重たい足取りでようやく校門までやってきた。この学校広すぎ。
校門に誰かが立っていたけど、気にする余裕も無くて大泣きしながら通り過ぎようとしたら腕をグイッと引っ張られた。ちょっと前までバッキバキに折れてたし、治ったばかりだからやめてほしい。涙と鼻水でグズグズに汚れた私を引っ張るなんて、どこの誰なの。
「泣きながら帰るなんて、ガキかよ。きったねェな」
「うぅっ、ひっく。かっ、ちゃん・・・」
「その様子じゃ駄目だったんだろ。これで馬鹿な夢から目が覚めただろ。てめェは大人しくフツーの学校に行って、フツーな人生を過ごしてればいいんだよ」
かっちゃんに見られたくなくて、顔を隠すが時すでに遅し。バッチリ見られている。絶対不合格だし、泣きすぎて変な呼吸になってしまうし、鼻水止まらないし、かっちゃんがいるし。
今辛辣な言葉かけられたら駄目なの。もっと泣いちゃうから。涙が次から次へと溢れてくる。
ぽすんと頭に何か乗せられる。かっちゃんが私の頭にジャージを被せてきたのだ。
「そんなブスな顔見せながら歩くなよ。家の方向一緒なんだから、俺まで変なやつと思われるだろ」
今優しくされるのはもっと駄目。もっともっと泣いちゃうから。
「か、かっちゃん、いっしょ帰ってくれ、るの?」
「あ゛ァ!?んなわけねェだろ調子乗んなよ馬鹿!」
「ご、ごめんなさい」
かっちゃんは、私を置いてさっさと帰って行ってしまった。余計なこと言ったからかな。言わなかったら一緒に帰ってくれたのかな。いや、そんな訳無い。かっちゃんだもん。きっと、受験前に後で殺すって言ってたから有言実行しただけだろうな。あ、かっちゃんのジャージどうしよ。借りていいのかな。帰ったらオールマイトに連絡しなきゃ。
がっかりさせちゃうだろうけどダメだったって伝えよう。