甘くて苦い



 入試までの10ヶ月間、なまえの様子がヘンだった。それは俺だけじゃなく全員気がついてた。授業中にはブツブツ独り言言ってるし、日中なのに眠たそうでフラッフラして今にも倒れそうだ。そんななまえを横目に俺は受験勉強と筋トレに励んだ。
 まさか本気で雄英高校目指してるだなんて思ってなかった。敵に遭遇してから諦めただろうと。試験会場に着くと、髪型は違うが間違うはずのないなまえの後ろ姿を見つけて諦めていなかったことを知る。

「どけ!なまえ!!」
「かっちゃん!!」
「俺の前に立つな殺すぞ」
「お、おはよ!が、が!張ろうね、お互いがんばろ・・・」

 髪を一つに結っていて学校で見るなまえと雰囲気が違った。まあ、似合ってんじゃねーの。絶対言わないけど。

 受験会場の熱気に俺まで呑まれそうだ。実技試験の説明を受けるのだが受験番号順に並ぶらしく俺の隣にはなまえがいた。受験番号が連番だからか。隣におずおずと座ってきて、おもわず舌打ちをした。少しびくついていたが、そのまま大人しく隣の席に収まった。ちらりと横を盗み見ると、なまえの睫毛の長さに驚かされた。こいつちゃんと女なんだな。寒さで赤く染まった頬に触れたくなる。そのまま見ていたら目が合いそうになって慌てて前を向いた。なまえは気づいていない。相変わらず鈍感な奴だな。

 壇上に現れたのはプロヒーローのプレゼントマイク。プロヒーローからの説明に興奮したのか、またブツブツと独り言を言ってやがる。うるさいとコツンと頭を軽く叩くがそんなこと気にならないのか、同じ調子で独り言を続けている。なまえとは模擬市街地演習の会場が違う。

 同じ学校の人同士で協力させないってことだと言うと、「本当だね」と返事がきた。おどおどしながらも喋ろうとするなまえの頭をまた叩いておいた。

 クソ真面目メガネが挙手して質問していたのだが、急に振り向いてなまえを指差している。

「先程からボソボソと。気が散る!物見遊山のつもりなら即刻ここから去りたまえ!」

 ほれみろ。だから静かにしろって何度も言ってやったんだ。なまえの足を机の下で軽く蹴った。

「Puls Ultra!!それでは皆良い受難を!!」

 プレゼント・マイクの掛け声で会場別への移動が始まる。立ち上がるなまえ腕を思わず掴んで引き留めてしまった。

「かっちゃん??な、何?」

 首を傾げて言うなまえが髪型も相まって可愛いすぎてムカついた。可愛いって言うのは違うし、頑張れなんて微塵も思ってもないし、ちっちゃく「てめェあとで殺す」と呟いた。何をどう解釈したのか「が、頑張ろうね」と言うなまえをこの場で抱きしめたくなった。それにもムカついて、頭を叩いてから自分の演習会場へと歩き出した。

 ま、なまえは演習で落ちるだろう。なんせ“無個性“なんだから。俺は演習ぶっち切りの1位通過だろう。周りがへばってる間も、個性で仮想敵を誘き寄せて破壊を続けたからな。なまえはどうせ泣きながら帰るんだろう。
 演習会場が違うけど、校門前で待ってれば来るだろう。そう思って待ってたがなかなか来ねえ。
 もう帰ったのか?そう思ってたら、大泣きしながらこっちに向かってくるなまえを見つけた。泣きすぎて俺に気づいてすらない。腕をグイッと引っ張ると涙と鼻水でグズグズに汚れたなまえと目が合った。

「泣きながら帰るなんて、ガキかよ。きったねェな」
「うぅっ、ひっく。かっ、ちゃん・・・」
「その様子じゃ駄目だったんだろ。これで馬鹿な夢から目が覚めただろ。てめェは大人しくフツーの学校に行って、フツーな人生を過ごしてればいいんだよ」

 見られたくないのか顔を隠すがもう見てるっつーの。涙が次から次へと溢れてきている。女を泣き止ませる声の掛け方なんて知らねえ。でも他の奴になまえの泣き顔を見せたくなくて、とりあえず俺のジャージを頭に被せておいた。

「そんなブスな顔見せながら歩くなよ。家の方向一緒なんだから、俺まで変なやつと思われるだろ」
「か、かっちゃん、いっしょ帰ってくれ、るの?」
「あ゛ァ!?んなわけねェだろ調子乗んなよ馬鹿!」
「ご、ごめんなさい」

 なまえのくせに。可愛いこと言うなよボケ。柄にもなく動揺してしまいなまえをほったらかしにして先に帰ってしまった。一緒に帰ってやればよかったと電車に乗ってから後悔した。

 貸したジャージを返そうと学校で、しかもいろんな奴が見てる前で紙袋を渡そうとしてきて、貸したのを知られたくなくてブチ切れて追い返すのを何度か繰り返していた。本当に諦めの悪い奴だ。

 しばらくして合否通知が家に送られてきて、親が見守る中リビングで開封した。もちろん俺は合格だと投影されたオールマイトが言った。オールマイトはこれから雄英で教鞭をとるらしい。更なる幸運に俺は心躍ったが、親の前ではしゃぐ年頃でもねえから静かに黙っていた。むしろ俺よりババアの方がテンションが上がっていた。

 合格したことを中学の担任の元に伝えに行くと、なまえも職員室に来ていた。どうせ落ちたんだろうと思っていたら合格したと。しかも普通科じゃなくてヒーロー科に合格したと小さな声で言った。無個性の奴でも受かるのか!?雄英の奴は目が節穴なのか??

「特に緑谷は奇跡中の奇跡だなぁ!」

 担任がアホみたいに寝ぼけたことを言ってて頭に血が上る。何でこいつが受かるのか全く理解できない。こいつが敵と戦えると雄英の奴らは思ったのか?

 職員室を出るとなまえの腕を掴み、人気のない校舎裏へと連れて行った。なまえの胸ぐらを掴み、壁に押し付ける。目を瞑って怯えている。ほれみろ。てめェは戦えず無駄死にするのがオチなんだよ。

「どんな汚え手使やあ、てめェが受かるんだ!!あ!!?」
「っ・・・!!」
「史上初!唯一の!雄英高校進学者!俺の将来設計がズタボロだよ!他行けっつったろーが!!馬鹿」

 顔を上げて真っ直ぐ見つめて掴んでる手にそっと触れてくる。

「いっ、言ってもらったの!"君はヒーローになれる"って!かっちゃん、私"勝ち取った"んだって・・・!だ、だから、私は行くの!!」

 なまえの瞳に強い決意を感じた。何の手違いかは知らねえが入学できたところで無個性には続けられないだろう。手を離して俺はその場を後にした。

 数日後、帰宅したら玄関に女物の靴が置いてあることに気がついた。ババアの客か?そう思って静かにリビングへ入るとソファに座りババアと談笑するなまえを見つけた。

「勝己、なまえちゃん来てるよ!2階に案内してやんなさい」

 見たら分かるわ。でも何で家に来てんだよ。なまえの手を掴んで2階の自室へ押し込んだ。何もない床につまづいて転んでいる。しかも短めのスカート履いてるもんだから、見えてる・・・

「いたっ!」
「なまえてめェ何俺の家でくつろいでんだよ」

 自然とスカートから伸びる白くて細い脚を見てしまう。

「かっちゃんのお母さんが、上がって待っててって言うからお言葉に甘えてお邪魔させてもらったの。あ、あの服ヘンかな?」
「・・・何しにきた」

 話が全然噛み合ってないのは承知しているが、似合ってるの一言を言うくらいなら死んだほうがマシだ。なまえは手に持っていた紙袋を差し出した。

「こ、これ返しに来たの。貸してくれてありがとう。かっちゃんのジャージ、かっちゃんの匂いがして懐かしくなっちゃった」

 何言ってんだよ。俺のジャージの匂い嗅いでたのかよ。クッソ可愛い。ムカつく。

「そうかよ」
「あ、ちゃんと洗濯してあるから、綺麗だよ?」
「んなこたァ、わかってんだよ。てめェはいつまで突っ立ってんだよ。さっさと座れ馬鹿」
「は、はい!」

 なまえは俺の座るベッドの横に少し距離を置いて腰掛けてきた。大きめのため息をつくと、慌てて立ち上がろうとしている。手を引っ張ってまた座らせたのだが、さっきよりも距離が近くなった。何を話せばいいか分かんねえ。

「あの・・・かっちゃんの将来設計を邪魔してごめんね」
「・・・それなら今からでも入学辞退してもいいんだぜ?」
「そっ!それは、いや」
「じゃ一発殴らせろ」
「ぇえ!?そ、それも、やだ!」

 指の関節をボキボキと音を鳴らす。

「目ェつぶって歯ァ食いしばれ!」

 右手を大きく振りかぶると怖くて目をギュッと閉じて震えてるなまえに呆れてしまう。しばらくそのままなまえを見てたけど、全然動かず大人しく殴られようとしてるアホの唇に自分のものをそっと重ねた。すぐに離れたけどなかなか目を開けない。今キスしたの気がつかないのかよ。本当に鈍臭いな。それに俺が殴るわけないだろ、気付けよバーカ。やっと目を開けたなまえの額にデコピンしてやった。

「バーカ」

 カーッと耳まで林檎みたいに赤くなるなまえにもう一度キスしたくなった。

「かっちゃん、わ、私たちまた小さい頃みたいに仲良くなれないかな?高校もまた同じだし」

 言ってるうちに顔がどんどん赤くなって俯いて言うなまえは犯罪レベルだ。でも小さい頃みたいに仲良くなんてごめんだ。こいつにとって俺は恋愛対象じゃないんだろうな。だから友情を求めてる。でも、俺が望んでる関係はそんなんじゃねえ。

「・・・無理だろ」
「そ、そうだよね。ごめんね」

 その一言で泣きそうになったなまえは部屋を飛び出していった。追いかけて名前を呼ぶが、振り切って階段を駆け降りて行った。玄関で「お邪魔しました」と聞こえてババアが呑気にまた来てねって送り出してた。

 なまえが帰った後、紙袋の中にジャージの他にラッピングされた丸くて白いクッキーが入ってるのに気がついた。手作りだと見てわかる。きっとなまえが作ったんだろう。俺は辛いもの好きで、甘いものはそこまで好きじゃないけど、袋を開けて一つ口の中に放り込んだ。ほろほろと溶けて口の中いっぱいに甘さが広がった。

「・・・・・・甘ェ」

 なまえに素直になれず、うまく想いを伝えられないもどかしさに胸が焼け焦げる想いがした。



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