初めまして最高のヒーロー
小さい頃から何度も同じ動画を穴が開くほど繰り返し見てきた。それは昔起きた大震災の直後、オールマイトがヒーローデビューした日の動画だ。一度に何人もの人を抱えて瓦礫の下から出てくるシーンは何度見ても感動する。
「超かっこいいなぁ!!!私も個性が出たらこんな風になりたいなぁ!!」
母が個性が発現しない私のことを心配していたのを知らず、現実に打ちのめされることなく無邪気にヒーローになる夢を描き続けていた。しかし現実はあまりにも残酷だった。
あくる日、病院で検査を受けた。何の検査かと母に聞くと曖昧な笑顔で「個性の検査だよ」とだけ言われた。ふーんと、あまり深く気にせず検査を受け結果を聞くため、待合室で長い時間待たされた。本来子どもにとって"待つ"という行為は苦であるのだが、私は肌身離さず持っているオールマイトの人形で遊んでいたので全く苦ではなかった。名前を呼ばれて診察室の椅子に座ると、先生と母の顔が曇る。子どもながらに悪い話だと分かる。
「諦めた方が良いね」
「この世代じゃ珍しい・・・何の"個性"も宿っていない型だよ」
先生言葉は、次々と空から降りかかる槍のようで、一つ一つの言葉に頭を殴られたような衝撃だった。まさかこんなこと言われるなんて思いもしなかった。齢4歳にして、世界は非情で残酷なものだと知った。個性が私には今後発現することはないらしい。
帰宅してからオールマイトの動画を私は見ていた。母は泣きながら私に謝った。ああ、違うの、お母さん。違うよ、私が言って欲しいのは・・・
母の涙が私に決意させた。周りがなんと言おうと、何が何でもヒーローになってやる。お母さんを泣かせたりしない、世界で一番かっこいいヒーローになるんだ。
その決意は今でも変わらない。あの時決めたんだから。グイッと上見て突き進むしかない。
涙を拭いながら上を向いて歩き出した。痴漢に注意と書かれた看板を横目に薄暗い高架下を通る。後ろから荒い息遣いと声が聞こえてきて振り返るとベトベトとしたものがいることに気がついた。看板を思い出した。まさかではあるが痴漢・・・?
「Mサイズの隠れミノ」
そう呟くと一瞬にして私の身体に纏わりついた。それはあっという間に全身を覆い尽くして身動きが取れなくなった。抵抗しようとすればする程に絡みついて離れない。息ができなくて苦しくて涙が出てくる。
「大丈ー夫、身体を乗っ取るだけさ落ち着いて。苦しいのは約45秒。すぐに楽になるさ。ん?地味なくせに意外といい身体してるな。ヒーローから逃げ切ったら解放してやる。そして楽しませて貰おうか」
「んーーー!!!」
もがいて、敵を掴もうとするが指先で触れることはできるのだが、形が変わって掴むことはできない。このままじゃ死んじゃう、死にたくない!嫌っ!誰か助けて・・・
勢いよくマンホールから人影が飛び出してきた。マンホールは地面に落ちて大きな音を立てる。その音よりも大きな声で誰かが叫んだ。
「もう大丈夫だ少女!!私が来た!」
右手から繰り出される直線の突きの風圧でドロドロした敵は飛ばされて身体が楽になった。大きく息を吸い込んで咳き込んだ。ダメだ。痺れるような感覚に襲われ、視界がだんだんと黒くなる。助けてくれた人物はオールマ、イ・・・
誰か呼ぶ声が聞こえる。頬を優しく叩きながら。このまま寝ていたいのに意識が浮上していき、目が覚めた。
「ヘイ!ヘイ!!ヘッ・・・ぁ良かったーー!!」
ゆっくり目蓋を持ち上げると視界に入るのは憧れのオールマイト。オールマイト?本当にオールマイト?!ま、待って欲しい。何故ここにオールマイ・・・
「トぁあああああ!!?」
「元気そうで何よりだ!!」
オールマイトは敵退治に巻き込んで悪かったと謝罪してくれるのだが、目の前に憧れのNo.1ヒーローがいることに驚いて私は完全に挙動不審になってしまっている。本物は迫力も画風も全然違う。解き放つオーラがそうさせているのかな。慌てて自分のヒーロー考察ノートにサインをしてもらうべく、ページを開くがすでにサイン済みで驚きの連続である。
深くお辞儀をしながら何度もお礼を伝えたが、オールマイトは忙しいらしくすぐに去ろうとしてしまう。待って、まだ聞きたいことが沢山・・・私は咄嗟に、ぐっと屈んで飛び出していくオールマイトの足に思わずしがみついてしまった。
そしてそれはすぐ後悔することになる。オールマイトは私を振り下ろしはしないが困った様に頭をかいた。すごい勢いで空を飛んでいる。怖くて仕方ない。今この手を離せば待つのは死のみ。話すこともできずにただ、オールマイトの足に顔をつけて落ちないようにしがみつくしか無かった。
どこか見知らぬビルの屋上に降り立ったオールマイトは、優しく私を下ろしてくれた。うう、怖かった。自分でオールマイトにしがみついた癖に、怖くて死ぬかと思った。深呼吸を繰り返してどうにか気持ちを落ち着かせる。考えも無しに飛び出すものではないな。
オールマイトは時間がないからと、私の頭を撫でて再び去っていこうとする。
「待って!あの・・・」
「No!!待たない」
「あのっ!"個性"がなくてもヒーローは出来ますか!?"個性"のない人間でもあなたみたいになれますか?」
返事が怖くて両手を胸の前で組んで目をつぶる。
「"個性"がないせいで、そのせいだけじゃないかもしれないけど、ずっと馬鹿にされてきて・・・だからか、わかんないけど人を助けるってめちゃくちゃかっこいいって思うんです」
そう、私はオールマイトみたいなヒーローになりたいんだ。
「恐れ知らずの笑顔で助けてくれる!あなたみたいな最高のヒーローに私も・・・」
顔を上げてオールマイトを見るが、立ち上がる煙に包まれて立っているのは痩せ細った男だった。
「ぇぇええええーーー!!?」
萎んでるが、先ほどまで見ていたオールマイトと同じ服装をしている。偽物?混乱して取り乱しているとオールマイトもどきは、口から血を吐きながら己がオールマイトだと言い張った。
とても信じられないが、オールマイトらしい。5年前の敵の襲撃でオールマイトは呼吸器官半壊と胃袋全摘という深い傷を負ったせいで憔悴してしまったそうだ。そのせいでヒーローの活動時間は1日約3時間だという。オールマイトは現実を見るようにと私を諭して今度こそ本当に去って行った。
さすがに私はこれ以上追いかけることはできなかった。突きつけられた現実。プロのトップまで言うんだからもう諦めたほうが良いんだろう。見ないようにしなきゃ、惨めになるだけだ。そう思っているのに、自然と足はヒーローが敵と戦っている現場へと向かっていた。
私は本当に馬鹿だ。
騒ぎの中心にいたのはあのドロドロの敵。オールマイトがやっつけたはずなのにどうして?
移動中に落としたとすれば、しがみついて邪魔をした私のせいだ。どうしよう。
周りの人々が「中学生が敵に捕まっている」と話しているのが聞こえた。一度捕まった私は体験しているからわかる。あんな苦しいのに耐えているなんて信じられない。いずれ死んでしまうだろう。オールマイトは、もう活動時間の限界を越えてしまった。私のせいだ。ふと捕まってる人と目が合った。
かっちゃん!!!!
私は人混みを縫うように無我夢中で駆け出した。立ち往生しているヒーローたちが制止するのを振り切って走っていた。
個性もないのに、なぜか飛び出していた。こういう時は、どうすれば。どうしようどうしよう!ふと、自分の考察ノートの25ページを思い出した。
鞄を放り投げて、相手を怯ませた。その隙にかっちゃんを助けようと手を伸ばす。
「かっちゃん!!」
「何で!!てめェが!!」
「足が勝手に、何でってわかんないよ!!かっちゃんが、救けを求める顔してた」
私もベトベトに飲み込まれそうになって、周りの悲鳴が大きくなる。かっちゃん、ごめん。駄目みたい。助けられなくてごめんね。
誰かが力強く私の腕を掴んだ。振り向くとそこにはオールマイトが居た。え、嘘。さっきもう活動時間切れだと言っていたのに。
「デトロイトスマッシュ!!!!!!!」
風圧でベトベトが再び飛ばされていく。そして、その場に雨が降り出す。オールマイトの一撃で上昇気流が生じて天気が変わった。圧倒的なパワーだ。かっちゃんも無事だった。ホッと胸を撫で下ろす。その後、私はヒーローたちにめちゃくちゃ怒られた。憧れのヒーローたちを目の前にしてるのに、私は意気消沈して怒られ続けた。逆にかっちゃんは、よく耐えたと大賞賛されていた。
帰ろうと鞄とぶち撒けた荷物を拾い上げる。オールマイトは取材陣に囲まれてヒーローインタビューを受けていた。謝りたかったけれど仕方ない。あとでホームページからメールを送ってみよう。
荷物を鞄の中へ閉まって、とぼとぼと歩きだした。今更になって、恐怖がやってきて身体がガタガタと震え涙が溢れてきた。ヒーローはこんな重圧と常に戦っているのか。
「おい!なまえ!!てめェに助けを求めてなんかねぇぞ!助けられてもねえ!あ!?なあ!?一人でやれたんだ。無個性の出来損ないが見下すんじゃねえぞ!恩売ろうってか!?見下すなよ俺を!!」
後ろからかっちゃんに呼び止められて手を掴まれて振り返った。涙を浮かべている私を見てギョッとした顔でかっちゃんは固まった。震えてるのもバレちゃうから手を離してほしいと、手に力を入れても、かっちゃんはちっとも離そうとしない。反対の手でかっちゃんはゴシゴシと私の目を拭った。力強く拭くもんだから痛い。
「そんなんじゃないよ、私何も出来なかったもん。かっちゃんが死んじゃうかと思って怖かった。かっちゃんが無事で本当に良かった」
「クソナードが!!お前も死ぬとこだったんだぞ。ちったぁ考えて動けよバカ。泣くな!メソメソしてっとカビが生えるぞバカ」
「う、うん、ごめんね・・・」
かっちゃんは、罵るとようやく手を離してくれた。そして踵を返してふんぞり返って歩きだした。かっちゃんの言う通りだ。私は何か出来たわけでも変わったわけでもない。でも、本当に良かった。これでちゃんと身の丈に合った将来を考えていこうと諦めがついた。
かっちゃんの後ろ姿を見送って、私も家へと帰ろうと歩み出す。
曲がり角からオールマイトが飛び出してきて、私の心臓も口から飛び出しかけた。ドキドキした胸を押さえていると、オールマイトが謝罪してきた。謝るべきは私の方なのに。
「そもそも私が悪いんです。仕事の邪魔して、"無個性"のくせに生意気なこと言って」
「そうさ!あの場の誰でもない、小心者で"無個性"の君だったから、私は動かされた!!」
その後のオールマイトの言葉は私が喉から手が出る程ほしかった言葉だった。
"君はヒーローになれる"
私は泣き崩れて地面に座り込んだ。
「"無個性"で只のヒーロー好きな君はあの場の誰よりもヒーローだった!!」
オールマイトの"個性"を受け継ぐに値すると言われた。そんなことがあるだろうか。憧れのヒーローにここまで言ってもらえて、私なんかに大事な秘密を打ち明けてくれて。答えは一つしかない。
「お願い、します!!!」
オールマイトはニカッと笑うと私を立たせて、肩を叩いた。