職場体験フェーズ2
携帯のアラームが鳴って布団から這い出るように起き上がった。いつもの見慣れた部屋でないことに一瞬ここどこ状態だったけれど、グラントリノの事務所だと気がつき慌てて着替えて準備をした。
グラントリノさんの朝ごはんの支度をしようと下に降りて冷蔵庫の中をみる。
朝ごはんになりそうなものが全然ない。まだこの冷凍たい焼きなら、朝ごはんになり得るかな。でも電子レンジは、昨日グラントリノが壊しちゃったしなと迷っていると、壊した張本人が起きてきた。
「おはよう。早起きだな。夜中どこ行ってたんだ」
「おはようございます!ちょっと自主トレに・・・グラントリノさんに言われたこと咀嚼して実践してたんですけど、先はめちゃくちゃ長いです」
「はじめてのチャレンジならそりゃそうだ。仕方あるまいて。オールマイトは初期から普通に扱えていた為指導方針が違ったからな。奴は体だけは出来上がっていた」
オールマイトの学生時代、気になる!
「ひたすら実践訓練でゲロ吐かせたったわ」
それであんな恐れてたのか。
「生半可な扱いは出来なかった。亡き盟友に託された男だったからな」
「オールマイトの先代お亡くなりになっていたんですか?」
「んあ・・・」
そのとき、玄関のチャイムが鳴らされ、アマゾンの宅配が届いた。私が代わりに受け取ったのだが、思ったより重たくてよろけた。中には電子レンジが入っていた。昨日グラントリノが壊しちゃったもんね。
「よし小娘。昨日買ってきた冷凍たい焼き食うぞ!用意だ!」
「やっぱたい焼きなんですね・・・わかりました。コーヒーも入れますね。ブラックですか?」
「バカ野郎!激甘コーヒーに決まってんだろ。俺は甘いのが好きなんだ!」
「・・・わかりました」
明日からはお野菜も食べて頂こうと決意した。
大きな皿にたい焼きを4つ並べて、真新しい電子レンジの中へと放り込む。解凍モードはこれかな。
解凍されるまでの間、ワン・フォー・オールについて考えていた。
呼吸をするようにワン・フォー・オールを扱うってことは、冷静に考えれば皆が15年かけて培ってきた感覚に急速に追いつかないといけないって事だよね。時間は待っちゃくれないし、その間に皆は先へと進んでしまう。これじゃあ、5%以上の力を引き出すために身体をつく年月て変わらない。
電子レンジがチンと鳴り、温め終わったことを知らせてくれた。
皿を取り出しテーブルに置いた。たい焼きからは湯気がでている。温めすぎたかな。
グラントリノが、がぶりとたい焼きにかじりついた。
「冷たい!!」
「え!?」
「ウソ!?ちゃんと解凍モードでチンしたんですけど」
「バッカおまえ!!これ、でかい皿そのまま突っ込んだな!?無理に入れると回転しねえから一部しか熱くならんのだ!!チンしたことないのか!!」
「あっ、ウチの回転しないタイプだったんで・・・ごめんなさ、い」
そっか。あのタイプの電子レンジは回転させないと一部にしか熱が伝わらないんだ。知らなかったな・・・
ん?これって今の私みたいだ。ワン・フォー・オールの力を身体の一部にしか使えてない・・・
「っ・・・!!!あああわかったー!グっグラントリノさん!!このたい焼きが私っ、です!」
たい焼きを一つ手に取って、掲げて見せた。
「違うぞ大丈夫か!?」
「あっ、その違くて・・・そのっ、わかったんです。今まで使うってことに固執してた。必要なときに必要な箇所にって。スイッチを切り替えてた。でもそれだと二手目三手目で反応に遅れが出てくる。なら初めからスイッチをすべてつけておけば良かったんだって。一部にしか伝わってなかった熱が、万遍なく全身に伝わるイメージ!!全身常時5%!」
身体にワン・フォー・オールを行き渡らせる。
「イメージが電子レンジのたい焼きて、えらい地味だがいいのかソレ」
「そこはオールマイトのお墨付きですっ!」
全身にワン・フォー・オールを常に伝えて動けるようになれば、耐えられなかった衝撃の反動も全身で分散して受け止められるはず。
「その状態で動けるか?」
「わかっりません!」
「試してみるか?」
「お願いします!」
このままキープするのに意識を持っていかれそうになるが、動くとなるとそっちに集中しなければならない。難しいぞこれ。
とりあえず3分保ったまま、グラントリノに一発入れてみろと言われ、飛び出してきたグラントリノに背中をとられた。一発くらったせいで、全身のワン・フォー・オールが解けてしまった。
何度も攻撃をくらって、ワン・フォー・オールを全身に巡らせる暇もくれない。こうなったら時間を稼ぎたい。ソファの下に潜り込んで、ワン・フォー・オールを巡らせた。
「そこで時間を稼ぐのか!?馬鹿なことを見えてるぞ!それじゃあ時間は稼げんぞ!」
グラントリノが着地する前に、ソファをぶっ飛ばし意表をついた。体勢が崩れた今がチャンスだ。床を思い切り蹴飛ばして、全身に巡らせたワン・フォー・オールで渾身の一撃を放つ。
ワン・フォー・オール フルカウル!!
避けられるが、そんなことは想定済み!床を蹴り上げ、己の身体を天井まで浮かせて、天井を踏み板に背中を狙ってくるグラントリノを真上から狙う。あと少しと言うところで避けられてしまった。やばい。床までの距離がなくてモロにぶつかる。
グラントリノがサイドから攻撃してこなければ私は大怪我するところだった。私は壁にぶつかってから床に転げ落ちた。そのときに全身のワン・フォー・オールも解けてしまった。
「保つだけで難しい・・・これ。まだまだ、だ」
「いや、分析と予測から虚をつこうという判断。普段からいろいろ考えるタイプだな小娘。よし後は慣れろ!ガンガン行くぞ!!の前にそういや朝飯食ってないな」
「食べ、てませんね!あ、グラントリノさんお野菜も食べないとダメですよ!後で買い物行ってくるので食事は私が作ります」
「えー俺は甘いのがいい」
「グラントリノさん、好き嫌いはダメです!」
それからもずっとワン・フォー・オールを全身に巡らせた状態を維持して動く訓練を行っていた。その間の食事は宣言通り私が作った。得意ではないけど、レンチンご飯よりは栄養があるはず。だけどグラントリノは私の作った食事を一口食べると慌ててどこかへ行ってしまった。
職場体験三日目の午後5時にして、グラントリノの一言によりフェーズ2敵退治へと移行した。まだ私は慣れるために訓練したかったけれど、グラントリノとばかり戦っていると全く違うタイプへの対応が出来なくなるからという理由だそうだ。言ってることは分かるのだが、突然すぎて心の準備もままならない。
甲府から新宿行き新幹線に乗って渋谷へ行くらしい。保須市を横切ることに気づいて飯田くんを思い浮かべた。後で飯田くんに連絡してみよう。
新幹線に乗り込んで、飯田くんにメッセージを送った。既読になっているのに返事はこない。飯田くんいつも既読後3分以内には返事をくれるのにな。どうしたんだろう。
新幹線が急停車して、私は前の座席にのめり込むように頭を強打した。ぶつけた後に「座席にお掴まりください」という車内アナウンスが流れた。ちょっとタイミング酷くないですか。
前方に何かがぶつかって車両を破壊しながら中へと入ってきた。ヒーローだ。ヒーローを追いかけるように、続け様に脳無が入り込んできた。こんなところに脳無が、何故。
「小娘、座ってろ!」
「えっ!グラントリノ!!グラントリノォ!!」
グラントリノが脳無をぶっ飛ばし、車両から遠くへと引き離した。追いかける暇もなかった。グラントリノ一人で大丈夫だろうか。
穴の空いた車内から外をみると、街に黒煙が立ち上っている。たしかここは保須市。嫌な胸騒ぎがする。
車掌さんが席に座るように大声を出しているなか私は居ても立っても居られなくて外に飛び出した。
街中は逃げる人で騒然としている。人流れに逆らって、おそらく現場の中心であろう場所へと向かう。そこには脳無数体とヒーローたちが戦っていた。何よこれ。
「天哉くーん!!」
飯田くんを探してるヒーローがいる。ノーマルヒーローだ。飯田くんの訪問先のヒーローに違いない。
あの真面目な飯田くんが、こんな大事件を前にして居なくなるなんておかしいよ。保須市ってたしかヒーロー殺しが・・・
私分かったかもしれない。飯田くんが何処にいるのか、何をしようとしてるのか。
ヒーロー殺しの被害者の6割が人気のない街の死角で発見されていた。騒ぎの中心からノーマルヒーローの辺りの路地裏をしらみ潰しに探す。きっとそこに飯田くんがいる!
ビンゴ!!
床に伏せている飯田くんを見つけて、ヒーロー殺しステインを殴り飛ばした。
「緑谷くん!?」
「助けに来たよ飯田くん」
「緑谷くん、何故!?」
「しらみつぶしに探してきたの!動ける!?大通りに出よう。プロの応援が必要だ」
「身体を動かせない。斬りつけられてから恐らく奴の個性」
「斬るのが発動条件ってこと?」
飯田くんに緑谷くんは関係ないから手を出すなと言われるが、関係ある。仲間のピンチを救わないヒーローなんてヒーローじゃない。飯田くんのほかにもう一人倒れているのを見つけた。二人を守りながらの戦いになるのか。
「仲間が助けに来た、いい台詞じゃないか。だが俺はこいつらを殺す義務がある。ぶつかり合えば当然、弱い方が淘汰されるわけだが、さァどうする」
ステインの目は殺人者の眼だ。その目線で鳥肌が立つ。プロを連れてくるべきだった。身動きの取れない二人を守りつつ私一人で時間を稼ぎ、できればヒーロー殺しを退ける。
後ろでスマホを操作し、位置情報を送信した。誰か通報してくれることを願いながら。