これが私のヒーローネーム
二日のお休みで、体育祭での疲れが癒えるどころか、かっちゃんに翻弄されてむしろ余計に疲れた気がする。
雨の日の電車は湿気と色んな匂いが混じって、空気がどんよりと重たくなる。そのせいでますます私は頭が痛くなるし疲れてしまう。でも、かっちゃんにくっついていたらまだマシだ。満員電車で掴まるとこがなくても身体を支えてくれる。一緒に登校してくれて感謝だななんて思ってたら、後ろから声をかけられた。
「お姉さん、お姉さん!ヒーロー科の緑谷なまえさん!」
「え!?」
「体育祭よかったぜ!惜しかったなァ!」
「え・・・」
「ベスト8だっけ?可愛いのにやるなー」
「なまえちゃん意外と小さいし華奢だねぇ」
「ええ、えええ」
知らない人たちに話しかけられて戸惑ってしまう。
かっちゃんがあたふたしてる私をグイッと引き寄せると、周りの人たちは雄英体育祭一位のかっちゃんの存在に気がついてサーっと顔色が青くなっていった。先ほどまでの騒ぎが嘘のように静かになった。私人見知りだし、知らない人に話しかけられるとなんと返事すればいいか分からなくなって困ってしまうから有り難かった。
かっちゃんが居てくれて良かったなと頬が緩んだ。ふと見上げたら、不機嫌な瞳と目があった。
「なにニヤついてんだよ、気持ち悪ぃ」
「え、ニヤついてる!?」
「知らねぇ奴に話しかけられて浮かれるなよバカ」
「ち、ちがうよ!かっちゃんが一緒にいてくれて良かったなって思ってただけで」
「っはァ!?・・・お前もう黙ってろ」
かっちゃんの顔を覗き込むように見上げるが全然視線が合わない。それを良いことに駅に着くまで黙ったまま、思う存分かっちゃんの顔を見つめていた。
最寄駅に着いて満員電車から解放されて背伸びをした。今日は雨なので駅舎から出ると傘をさす。お互いの傘の分だけかっちゃんとも自然と距離が空いてしまう。
後ろから飯田くんが、カッパに雨靴スタイルで走ってやってきたので思わず道を譲って端に避けた。
「何呑気に歩いているんだ!!遅刻だぞ!おはよう緑谷くん!爆豪くん!」
「カカカカッパに長靴!!遅刻ってまだ予鈴の5分前だよ?」
「雄英生たるもの10分前行動が基本だろう!」
「チッ朝っぱらからうるせェ奴だな」
そう言って走り去って行った飯田くん。靴箱のところでカッパ脱ぐのに手間取ってて、結局到着時間は一緒だった。心の中でこっそりカッパと長靴の意味を問うた。そう言えば飯田くんのお兄さん大丈夫だったのかな。
「あ・・・飯田くん、お兄さん・・・」
「兄の件なら心配ご無用だ!要らぬ心労をかけてすまなかったな」
ニコリとして言う飯田くんに違和感を感じてジッと見つめるも、さっさと教室へ走って行ってしまった。真面目だなぁ。
教室にかっちゃんの後から入ると、みんなそれぞれ体育祭後の知名度アップに興奮していた。ヒーローになるということは皆んなに顔や名前が知れ渡るということなんだと実感する。
チャイムが鳴ると同時に着席し、ピタッと私語がなくなる。相澤先生も包帯がとれて傷は全快したようだ。ヒーロー情報学の授業はちょっと特別だと言われてみんなが騒ついた。
「"コードネーム"ヒーロー名の考察だ」
「胸ふくらむヤツきたああああ!!」
プロからのドラフト指名が本格化するのは、経験を積み即戦力として判断される2、3年から。今回の体育祭でプロの目に留まり、指名がくればそれは将来性に対する興味なのだとか。卒業までに見切りをつけられたら一方的にキャンセルされることもあるらしい。
指名は、轟くんとかっちゃんに集中してた。そして、私の指名は0だった。たしかに攻撃するたびに自身が怪我してちゃヒーロー成り立たないもんね。薄々気づいてたけど、なんか寂しい。一人くらい指名してくれてもいいのに。後ろから峰田くんが私の肩を掴んで揺らしてきた。
「やっぱ緑谷の個性が怖かったんだよ、みんな」
「んん・・・峰田くん、ゆらさないで〜」
これから職場体験に行くためにヒーロー名を考えないといけない。どうしよう。
「まァ仮ではあるが適当なもんは」
「付けたら地獄を見ちゃうよ!!この時の名が世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!!」
ミッドナイト先生がバァーンと勢いよくドアを開けて入ってきた。相澤先生はネーミングセンスがあまりないらしく、ミッドナイト先生に査定を依頼してもらっているそうだ。
名前かぁ。迷うなぁ。思案すること15分。
決まった人から発表していくことになった。
青山くんが、トップバッターで発表したのだが、短文の名前を発表したせいで大喜利みたいな空気感になって少し焦ってしまう。
みんながどんどん発表していく中、残ったのは爆殺王でダメ出し食らって再考してるかっちゃんと、私と飯田くんの3人になった。
「緑谷さん、決まったかしら?」
「は、はい」
「じゃ、発表してくれる?」
「ヒーロー名。これが私のヒーロー名です」
みんなが「良いじゃん、緑谷らしいね」と口々に言ってくれて胸を撫で下ろした。
私はこれからヒーロー名としてヒーローをしていく。この名に恥じないようにしないと。オールマイトの跡を継ぐんだから。
席に戻る時、かっちゃんが油性ペンでデカデカと爆殺卿と書いてるのを目にしてしまった。突っ込むのはミッドナイト先生にお任せしよう。
私は指名が一つも無いので、受け入れ可能な事務所40件から選ぶことになる。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なるのでよく考えないといけない。
迷って独り言呟いてたら麗日さんが若干引きながら、どこの事務所行くか尋ねてきた。
「うーん、迷うよね。得意なジャンルがそれぞれ違うし。麗日さんは?」
「私はね、ガンヘッドの事務所!」
「バトルヒーローの!?ゴリッゴリの武闘派じゃん!麗日さんがそこに!?」
「うん、指名来てた!」
てっきり13号先生のようなヒーローを目指してるのかと思ってたので意外だった。先日の爆豪戦で、強くなればそれだけ活動の幅も広がると思ったらしい。
「それよりさっきから気になってたんだけど、震えてるね?」
「ああ、コレ。空気イス」
「クーキィス!!ちょっと、なまえちゃんマジで!」
「空気イスとか古くねーか?」
瀬呂くんまで話に加わってきたので、空気イスの良さについて教えておいた。私は人の何倍も努力しないとダメなんだもの。
放課後になり帰ろうと教室のドアを開けたら目の前にオールマイトが独特の姿勢で滑り込んできて思わず悲鳴をあげてしまった。
指名が来ていると告げられ二人で仮眠室へと向かう。
指名をしてきたのは、グラントリノという方でかつて雄英で教鞭をとりオールマイトの担任をしていたらしい。そして気になるのがオールマイトがガタガタと震えて怯えている点だ。
ここまで怯える人って一体どんな人なんだろう。私まで恐怖が伝わってきて泣きそうになる。
私が涙目になっているのに気づいたオールマイトが、「怖がらせるつもりはないんだよ!」と弁明していた。十分すぎるほど怖がらせてます、先生。
払拭するためか、修繕に出していたコスチュームが戻ってきたと明るく伝えてくれたが私の気分は晴れないままだった。
グラントリノの事務所の詳細のプリントを受け取り、リュックに入れた。靴箱のところへ行くとかっちゃんが誰かを待っていた。
私に気がつくと、かっちゃんはスマホをポケットにしまった。
「おっせぇよ」
「え、私を待ってたの!?」
「朝みてェに絡まれたら面倒だろうがよ」
「あ、ありがとう」
急いで靴を履いてかっちゃんの背中を追いかけた。雨も上がっていて、気持ちの良い風が吹いている。これから始まる職場体験、かっちゃんはどこに行くんだろう。
「かっちゃん指名たくさんきてたね。すごいなぁ。私なんて指名きたの一件だけだよ?」
「指名きたのか。どこの事務所だ?」
「私はグラントリノってヒーローのとこ」
「グラントリノ?聞いたことねェな」
「うんそうなの。怖い人らしくて、今からもう泣きそう」
かっちゃんがこっちを見て泣き虫と言って笑った。かっちゃん、校内ではこうやってふんわり笑う姿みることないからレアだなと思ってたらデコピンされた。
「いたぁ」
「前見て歩け」
家へと向かって歩いていく私たちの影が近づいたり離れたりしていた。