きっと守ってくれる…そう思ったけど、現実はなかなかうまくいかない。
「それで変装しとるつもりかい?」
「自分だって!」
何分謹慎中のみの私が例え土曜の午後だからってここにいたらいけないわけで。一応ロングのづらと普段よりも二弾多く巻いたスカートと、アイライン引きまくりなギャルメイク。進学コースにこんな派手な女はまずいない。だからパッと見なら私だとは誰も思わないだろうって。
「そこまでして直人に会いたいん?」
スプレーで茶髪に染めて眼鏡なんてかけちゃってる健ちゃんと、至って普通の隆二くんと、臣くん。一緒に試合を見ているものの、直人くんの調子がすこぶるよくない。
「だって、3年間の集大成だもん。この試合に勝って笑顔で引退したいじゃない。その為に今まで頑張ってきたのに…」
何も知らない生徒は直人くんのミスをただのミスだと思って少々グラウンドの観客がざわつき始めたように思えた。怪我をしているのを知っているのは私だけ。部員は腱鞘炎とでも思っているだろうって。
「何かあのエース下手くそじゃねぇ?」
「なんかねー。もっと他の人出せばいいのに」
そんな会話が聞こえた瞬間、黒沢先輩の振ったバットに玉が当たって私達の頭上を超えていく。まさかのホームランにOBベンチが絶好の盛り上がりを見せた。直人くんは悔しそうな顔で走る黒沢先輩を見つめていて。私は立ち上がると「ドンマイ、ドンマイ!」思わず叫んだんだ声が届いたのか、直人くんがちょっとだけ残念そうな顔で笑った。
それから試合は点の取り合いだった。取られては取り返して取られてはまた取り返しての繰り返し。そうとうみんなも疲労が見える。直人くんの手ももう限界に近い。ここで打たれたら厳しい。
「健ちゃん私、行ってくる!」
直人くんだけじゃなく、他の部員も労いたい。
コーチにバレないように私はコソコソしながらグラウンドの下に降りていった。
「ELLY!」
「…ゆきみ?」
「シー!これ、みんなに!持ってきたからあとちょっと頑張って!」
部員が大好きなレモンの塩漬けを渡すと途端に笑顔になってそこにみんなが集まってきた。
「やっぱゆきみちゃんいないと俺たちダメダメ!それにしてもその格好、案外似合ってるよ?」
「言わないで、それ。こんなことになって本当にごめんなさい。でもみんなのこと信じて応援してるから、最後まで自分に負けないでね!」
「サンキューマネージャー!」
「わー!だから、シー!」
口元で人差し指を当てるとみんなが笑ってくれた。一番最後に直人くんが戻ってくると、私を見てニッコリ微笑んだ。
「直人くん、こっちきて…」
「え…」
みんなから見えない所に連れていくとリストバンドを外す。投げすぎて傷が開いて血が滲んでいた。その場で消毒して包帯を巻き直して、上からリストバンドでそれを隠す。
「大丈夫?痛い、よね…」
「へいきだよ」
「でも…」
「んーじゃあさ…」
トンっと壁に背をつけている直人くんは、今朝みたいにふわりと両手を広げた。それからどら焼き型の口を開いて続けたんだ。
「俺にパワーちょうだい?」
「…うん」
一歩、一歩、直人くんに近づいてその腕の中にそっと収まる。ギュウーって直人くんの温もりに包まれると心拍数が半端なく上昇しているのが分かる。
「いい匂い、ゆきみちゃん。疲れも吹っ飛ぶわ、マジで…」
試合じゃ何もできないけど、私に唯一できることがある。直人くんの腰にそっと腕を回すと、私達の距離が0センチになった。
「頑張って直人くん。必ず勝って…私の為に…」
「ふは、それ一番やる気でるかも…」
「勝ったらキスでもなんでもしていいよ」
「………――え!?」
「か、勝ったらだから。負けたら何もしてあげないから!」
「絶対ぇ勝つから!その言葉、忘れんなよ?」
…やば。本気でやる気スイッチ入った?でも直人くんに恋したあの日から、私の中ではそーいう相手は直人くん以外にいない。
「うん。でも一つだけ、直人くんは、幸子ちゃんとキスした?付き合ってたのって、」
「してねぇし、当てつけ!ごめん俺、ガキだから…。けどそれはマジで信じて?俺はずーっと一人しか見てねぇから…」
「信じる。信じて待ってるから、ちゃんと迎えに来てよ?」
「おうっ!」
名残惜しく私を離すと、「パワー100倍!」そう笑ってグラウンドに戻って行ったんだ。