「なに、進展あったの?」
「ありません」
「なんだ。妙に気合い入ってるからキスでもしたのかと」
「だから先輩と一緒にしないでって言ってるじゃないですか!」
「ゆきみはそう言うけど、男なんてみんな同じだと思うけど?」
健ちゃんも同じだって言ってたな、そういや。
でも違う。直人くんは真面目だし。たまにチャラいけど。
「ゆきみッ!」
黒沢先輩と話していたら遠くから名前を呼ばれて顔を上げると直人くん。
時々呼び捨てで呼ばれることもあって、ちょっとだけちゃん付けで呼ばれるよりもテンションがあがったなんて。
「スプレー持ってきて!」
「あ、はーい!」
私は先輩に頭を下げるとスプレーを持って直人くんの所に走った。
ピッチャーの直人くんは、よくよく手首を痛める癖があって、だからテーピングを巻いている手が痛いのか軽く振っている。
「大丈夫?痛む?」
駆けつけてそう聞くと直人くんは眉間にシワを寄せてテーピングを外した腕を差し出した。
「邪魔してやったんだよ、アキラ先輩とお前のこと…」
「…え、邪魔?」
「嫌だった?もっと喋りたかった?」
思わず瞬き。だってこれ、完全にヤキモチだよね?え、直人くん?ドキドキしながら私は首を横に振った。
「たまたま喋ってただけだし別に…」
私は直人くんともっと一緒にいたいもん…心の声は当たり前に届かない。そんな私の心をまるで見透かすみたいに直人くんが笑った。
「んじゃ俺と話すのは?楽しい?嬉しい?」
「質問攻めなんだけど」
「いーじゃん、聞きたいんだもん、ゆきみちゃんの声で」
「…それほんと?」
「うん、本気」
本気って言った直人くんは真剣でドキドキする。今ここがグラウンドで、部活の最中じゃなかったなら、そう考えると身勝手な未来を夢見てしまいそうで。ただここはグラウンドで今は部活の真っ最中。周りには当たり前に他の生徒も沢山いて、なんなら遠目から黒沢先輩もこの私達を見ているのかもしれない。
私はそっと直人くんの手を取るとそこにスプレーをかけた。
「楽しいし、嬉しいよ。直人くんと話すの」
「それだけ?もっとないの?」
ポンポン質問されてどう答えたらいいのか迷う。直人くんが何を求めているのか簡単に分かればいいのに。チラリと視線を向けると真っ直ぐに私を見ていて…
「もっとって、例えば?直人くんこそ、私と話すの嬉しい?」
逆に質問してみると直人くんはふわりと口端を緩めた。スプレーしている私の腕を上からキュッと抑える。
「俺以外のヤツと話されるとムカムカする。なんでだろ、俺…。ゆきみちゃんのこと独り占めしてたいんだよね…」
「…それは、好きってこと?」
サラリと直人くんの手が私の髪に触れた。
ねぇ今部活中だよ?なんて分かってるけど、もうしようもなく直人くんに触れたくなる。
「好きって言ったらキスしてくれる?」
本気?冗談?ほん、
「ってばーか、まーた隙だらけだなぁ!」
ピンって軽くデコピンされた。目の前で笑ってる直人くんがいて、まて胸がモヤモヤする。
また騙された。悔しい。悔しいのにいつも騙されちゃう。
「…―――なによ、本気でドキドキしたのに。人の気持ちもて遊んでからかって…直人くんやっぱ最低…」
泣きそうなのをグッと堪えて立ち上がるとわたしはスプレーを直人くんの足元に置いたままこの場を後にした。