愛してた人 

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【said 朝海】


健太に会ってルンルンでオフィスに戻るとそこには哲也さん一人がいた。

あの日以来の哲也さんに、なんでかちょっと緊張する。

あたしを見てニッコリ微笑む哲也さんに無言で頭を下げた。

タイムカードを切ってあがろうとしたら、腕を掴まれる。

奥にある衝立の所に引っ張られて。

見つめる哲也さんにほんの少しドキドキする。


「なん、ですか?」

「朝海、悪かったな。」

「謝られると余計に惨めなんですけど。」

「...アイツとうまくいったんだろ?」

「はい。」

「...寂しいな、その敬語。他人って感じで。」


ふわりとあたしの髪の先を指で丸める手馴れた哲也さん。

あたしはこの手がたまらなく大好きだった。

例え自分のモノにならなくても。


「...てっちゃんへの好きは変わらないよ。」

「え?」

「そんな安い気持ちでてっちゃんを好きだったわけじゃない。けどたぶん無理してた。やっぱりどこかでてっちゃんの一番になりたかったんだよ、あたし。」


こうして気持ちを素直に言えるのも健太の愛があるからだって今なら分かる。

どんなあたしでも受け入れて受け止めてくれる健太がいるから、あたしは哲也さんをちゃんと見ることができているんだって、思える。


「あたしの好きなてっちゃんは、もっと大人で余裕があって、いつも楽しそうにしてるてっちゃん。」


目に前の哲也さんは、ちょっとだけ弱気だ。

下がっていた眉毛が片方だけクッとあがると同時にアヒル口の端もクッとあがった。

大好きなその笑顔にあたしの身体も熱くなる。


「今の言葉、忘れないでおく。」


そう言った瞬間、哲也さんの腕があたしを緩く抱きしめた。

そのまま強く胸に抱く哲也さんに、そっと目を閉じる。

煙草と香水の混じった哲也さんの匂い、あたしも忘れないでおく。


「朝海...、」


名前を呼ばれて顔を上げると、高揚した哲也さんの顔。

その先にあるのがキスだとすぐに分かる。

頬に添えられた手に、ゆっくりと目を閉じると、しばらくしてコツっとおデコが重なった。


「別れた男と簡単にキスなんてすんなよな。」


白い歯を見せて笑う哲也さんに、あたしはその細い首に腕をかけて背伸びをする。

キスするのにちょうどいいあたし達の身長差。

最後のキスは、いつもよりも糖分多めに思えた。



「てっちゃんあのね、」

「なぁに?」

「てっちゃんなんかよりもずーっと、健太のキスのが気持ちいいんだよっ。」

「...そっか。」

「うんっ!大好きだったよ、てっちゃん。」

「俺も、朝海のこと、愛してたよ。」


ずるい人。付き合っていた時は一度もそんな言葉くれたことなかったのに、最後の最後でそんなの、本当にずるい人。

でももう迷わない。

健太の愛がなきゃあたし、生きていけない。

衝立から出るとそこには直人さんの姿。

ほんの一瞬目を見開くけど静かに息を吐き出す。

あたし達が何をしてたのか分かってる顔で。


「立花は間違ってないよ。」

「え?」

「よく前に進んだな、偉いぞ。」


ゆきみさんに向けるような優しい声色に、いっちゃんにゆきみさんを譲った大人な直人さんがすごくかっこよく見えたなんて。


「直人さんが初めてかっこよく見えました。」

「ばーか。さっさとあがれ!」


八重歯を見せてハニカム直人さんを選ばなかったゆきみさんをほんの1ミリだけ勿体無いなんて思ったなんて。


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