過ちの一夜
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【said ゆきみ】
「ゆきみちょっと。」
タイムカードを押して上に行ったはずの隆二が戻って来た。ちょうどまこっちゃんがタイムカードを押しにきていて、わたしを見て何か言いたげな顔を見せたものの。
「なに?」
「マイコが上で呼んでるから行ってあげて。ちょっと泣いてて。」
泣いてる?思わず掴んだのはまこっちゃんの腕。同時に15時あがりの壱馬もタイムカードを押しにこのオフィスに姿を現した。
「なん、ですか?」
「マイコとなんかあった?」
わたしの言葉に視線を隆二に移したまこっちゃん。
マイコって名前に壱馬の足も止まる。
「なんかって、なんですか?何があったのかなんて、こっちが聞きたいですよ。マイコさんも壱馬さんも、俺になんか隠してる。」
「慎、ちゃうねん。なんもあらへん。」
「じゃあなんでマイコさんから壱馬さんの香水の匂いがすんだよっ!?なんで邪魔すんの、壱馬さん!俺言いましたよね、マイコは俺のだって!」
今にも壱馬に殴りかかりそうなまこっちゃんを咄嗟に隆二が後ろから抑えた。
「ほんまになんもあらへん!」
「朝まで一緒にいたんじゃねぇのっ!?昨日からマイコさん具合悪かったって俺にはそう言った。けど、本当は二人、一緒だったんじゃねぇのっ!?」
「そんなわけあるわけないやろ!なんで信じられへんねん、慎!俺はともかくマイコのことは信じてやれや!」
「呼び捨てすんなよ、マイコって!」
フーフー言いながら壱馬にそれでも掴みかかろうとするまこっちゃんに切なさが募る。
「ここで話しても仕方ないから、わたしはマイコの所に行ってくる。隆二くん、この二人お願いできる?」
「うん。すぐ行ってやって。できれば朝海も一緒に。」
「うん。」
パタンとドアを閉めてフロア入口まで走った。
ちょうど北ちゃんがマイクアナウンスをしていてニッコリ微笑む。
北ちゃんに手を振って後ろのフロアを歩いて行く。
8番スクリーンの中に入ると樹がすぐにわたしに気づいた。
「ゆきみ!どうしたの?俺に逢いに来たの?」
たはは、樹の嬉しそうな顔には悪いけど。
「あーと、朝海ちゃん探してて。」
「なんだー。朝海さんなら登坂さんと7番ですよ。」
「ありがとう。」
手を振る樹を背に隣の7番スクリーンに入ろうとしたらトサカと朝海ちゃんが出てきた。
「登坂くん緊急事態で朝海ちゃん借りてもいい?」
「緊急事態?いいけど。」
「ありがと!朝海ちゃんマイコが緊急事態で。」
「朝海さんどうしたの?」
「なんかあったっぽい。まこっちゃんと壱馬との間で。今上で泣いてるから行ってやってって隆二が呼びに来て。」
「え?泣いてるの?」
「うん。、」
朝海ちゃんと二人で急いでプロジェクションの扉を開けた。
真ん中のデスクで俯いているマイコの肩をポンと叩くと顔を上げたマイコからはボロボロ涙が零れ落ちる。
「ゆきみさん、朝海ちゃん...私、私、壱馬くんとえっちしちゃった。どーしよう。」
マイコの口から出た言葉にわたしも朝海ちゃんも目を見開いた。
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