理屈じゃない好き 

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【said マイコ】


藤原くんを選んだゆきみさんは、ようやく笑ってくれた。

大人な直人さんを選んだ方がいいって今でもそう思う気持ちはある。でもやっぱり、好きって気持ちは簡単じゃない。

未来があっても、今愛がないとやっぱり悲しい。

無性に慎くんに逢いたくなった。

壱馬くんと喧嘩したことなんてすっかり忘れて、自分達の惚気話を気がすむまでしたんだった。


だけど、理屈じゃない好きって気持ちを、本当の意味で私は知る事になる。


クリスマスまであと三日。


「ちょっと、壱馬くん!待ってよ!」


フロアを歩く壱馬くんの腕を掴んだ。

あの日以降頻繁にミスをしている壱馬くん。

大事にはなっていないものの、さすがにそんなにされると、映写スタッフのこちらはしっかりやってもらわなきゃ困るわけで。

面倒くさそうに振り返った壱馬くんの態度にすらイラつく。


「なんすか、」


うわ、態度わりぃ。

掴んだ腕を振り払って私を睨みつける壱馬くん。


「やる気あんの、仕事。バイトだからって適当すぎない!?こっちは真剣に仕事してんだけど!」

「ありますよ、やる気ぐらい。言いたいことそれだけっすか?」


...敬語、なんだけど。


「私壱馬くんに何かした?最近態度悪くない?」

「変わってませんよ、前から。」

「嘘。全然違う。ディズニー行った時はあんなに素直で可愛かったのに。どうしちゃったの!?」

「ほんまに面倒くせぇな。俺に構うなや!あんたの顔なんて見たないねん!話かけんなや、」


...圧倒されてしまった。

だって壱馬くんがそんなこと言うなんて思わなくて。

そんなこと言われる意味も分からないし、壱馬くんとはディズニーの時分かり合えたと思っていたのに。

な、なによ。


「よく分かった。私が嫌いならそれでいい。けど仕事はしっかりやってよね!」


どうしてか涙が溢れそうだった。

悔しいのか、悲しいのか分からないけど、面と向かってそんな事を言われたのは初めてで。

何とも言えない気持ちだった。

―――――だけど。


遅番終わりの慎くんを迎えに行こうと家を出た私の目に飛び込んできたのは土砂降りの中、酔っているのかフラフラしている壱馬くんだった。


「壱馬くん!大丈夫!?」


傘をさしかけると視線を私に移した。困ったような顔で傘から抜け出すと、そのまままた壁に手をついて歩き出す。


「ね、待って。そんなフラフラで、」

「マジなんでおんねん、腹立つ。頼むから触んなや。」

「無理よ!家まで送る。」


腕を掴むと急に壱馬くんに腕を掴み返されて壁に追い込まれる。

え!?


「ちょっと離してよ、」


手首を掴む壱馬くんが切ない声で言ったんだ。


「マイコさんのこと、好きやねん。」


何も言えなくなった私に、そのままゆっくりと壱馬くんの唇が重なった。

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