悲しい恋の予感
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セックス初体験の樹は、それはもう可愛くて。だけど一生懸命わたしの上で攻める樹が愛おしくてたまらなかったんだ。
勿論ながら陽は登って朝が来ると、わたしの出勤時刻が近づいてくる。
遅番の樹はまだまだ寝ていられるだろうけど。
狭いベッドの中、スヤスヤ眠る樹はまるで天使で。
その頬をそっと撫でると、パチっと目を開けた。
「おはよ。」
そう言うと手を伸ばしてわたしを抱き寄せる。
「まだここにいて。」
「もう起きないと、遅刻しちゃう。」
「やだ。離さない…。」
こーいうの、幸せっていうんだろうか。
慌ただしく過ぎてゆく日々の中で、こんなまどろみ。思わず忘れたくなる現実。
直人さんからのLINEを見て胸が痛かった。
「樹、わたしまだ終わってない。やらなきゃいけないこと残ってる。」
でもそう言うと、わたしの胸に埋めていた顔をあげて、「うん。」小さく呟いた。
「今日もここに帰ってきていい?」
出際に樹がそう言った。微笑むわたしに手を振る樹と、このまま一緒にいたい、なんて本音を飲み込んで歩き出す。
劇場へ向かう途中雨雲を背負ったように見える壱馬を発見する。
「壱馬くん?」
「え、あーゆきみさん!おはようございます。」
昨日とは打って変わって元気がない。なにこの目に見えてわかる落胆。
顔を覗き込むと苦笑い。
「どうしたの?すっごい顔、だよ?」
「…樹とうまくいきました?」
「え、うん。」
「そうなんや。」
「なに?好きな人にフラれでもした?」
「うん。そんなもん。…気づいてもーた。」
…マイコのこと、だよね?さすがにわたしじゃなくても誰でも分かる、壱馬の変わりよう。
まこっちゃんと両想いなんだろうマイコのこと、好きになっちゃったのかなぁ、なんて切なく思う。
「ゆきみさんと樹はええね。」
それでもニッコリ微笑む壱馬の背中をポンっと叩くと珍しく泣きそうな顔で微笑んだなんて。
「一人で抱え込まないでね。わたしいつでも話聞くから。」
「うん。ありがとう。」
儚く微笑んだ壱馬は、それでも仕事に支障のない程度に落ち込んでいたんだ。
気付けばもう、クリスマスまで一週間だった。
制服に着替えてオフィスに顔を出すと、いつもと変わらぬ笑顔の直人さんがそこにいた。
わたしの顔を見るなり何もかもを理解したように息を吐き出す。
「今日も激混みだと思うから定時じゃあがれねぇけど、ちゃんと時間作るから…だからちゃんと話せ、昨日のこと。」
「…はい。」
「仕事中は今までと変わんないから。」
「はい。」
ポンって頭を撫でてくれるいつもの手がそっと離れると、直人さんはもうマネージャーの顔に変わっていた。
わたしの中で出ている答えも、直人さんなら分かっているに違いないって、思えた。
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