強い女 

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【said ゆきみ】


哲也さんの所に車の鍵を返しに行くトサカの後を樹と歩く。


「樹、手。」

「………、」


不満そうに繋いでいた手を離す樹はそれをポケットにしまう。


「登坂くん、今日はありがとう本当に。登坂くんがいてくれて助かった。」

「心配すんな、殴りゃしねぇよ。さすがに俺も女に会いたくなったわ、お前ら見てたら。」

「彼女?」

「そ。で、ゆきみは?直人さんどーすんの?」


トサカに言われてドキッと目を見開く。え、なんで?


「隠してたつもり?清掃ヘルプの時の直人さんの樹へのバチバチ視線に気づいたのは俺ぐらいかもだけど。悪いけど、そうとうわかりやすいよ、俺にとってはゆきみと直人さん。」

「直人さん?」


樹が視線だけこちらに向けて見ていて。今隠せたとしても、いつかは言わなきゃいけないことで。わたしの中の気持ちも決まり切っていないけど、でも樹と一緒にいたいって気持ちは変わらない。

不安気、というよりはわりと飄々として見える樹にわたしは小さく微笑んだ。


「後で話すね?」


そう言うとコクって頷いて鼻を啜る。

その扉を開けたら直人さんがいるかもしれないって期待は崩れた。


「ゆきみちゃん!直人から聞いた、ありがとう。ごめんね、本当に。…アイツが無事でよかった。」


顔を見るなりわたしの手を握る勢いで哲也さんが駆け寄ってきた。その姿に拍子抜けしちゃうというか、思わずトサカと目を見合わせた。


「そんなに心配だったの?」


低いトサカの声に哲也さんはハッとして「いや、まぁ無事で何より。登坂も、ありがとう。」言い訳がましい哲也さんの誤魔化しに、ここに朝海ちゃんがいなくてよかったと思わずにはいられない。

だってこんな取り乱した哲也さんの姿見たら、せっかくの神谷くんの気持ちが無駄になりかねない…。

そんなことさせらんない。

これ以上傷つく朝海ちゃんだって見たくないし。

トサカは黙ったまま哲也さんに鍵を渡すとわたしの頭をポンっと撫でた。

それから視線は樹にうつって…


「樹、ゆきみが好きなら一瞬でも目離すなよ?じゃなきゃ捕られんぞ。」

「…はい。」

「じゃーな。」


後ろ手で手を振ると、トサカはオフィスから出て行く。

それと入れ替わり、超ラス終わりのスタッフが揃ってここに戻ってきた。


「あ、北人さん。」

「樹〜!今日すげぇ混んでて俺死にそうなんだけど!ラーメン奢れよ!」


ふにゃ〜って樹のシフトを引き継いでくれた北人くんがデスクにバタンと倒れ込んだ。

そっと髪に触れると樹がペシっと剥がして。


「ラーメンはまた後程で。今日はありがとうございました。」

「ええ、今日行きたいのに、俺!ゆきみさんも一緒でいいからさあ!」


わたしは構わないけど、なんて言おうもんなら樹はブスって期限を損ねそう。


「北人くん、ありがとうね。ラーメン今度でよければわたしが奢る!」

「え?ほんと?」

「うん!」

「じゃあ今日は我慢します。それって樹無しの二人きり、ですよね?」


口端を緩めながら下から上目遣いでわたしを見る北人くんに「そんなわけねぇだろ。」ボソッと樹が突っ込んだ。

すかさずわたしの手を掴もうとする樹からするりと逃げると思いっきり目を見開いた。

だけどわたしは樹をスルーして哲也さんの所に行く。


「哲也さん。朝海ちゃん、神谷くんとうまくいったから、絶対にかき乱さないで下さい。」


思いっきり頭を下げる。


「ゆきみ、ちゃん。」

「もう、別れたんですよね?」

「…うん。」

「じゃあお花屋さんの彼女だけを好きでいてください!わたし達今日すごく怖かったんだから。朝海ちゃんが見つかるまで。全部神谷くんのお陰ですから。朝海ちゃんのこと大事に思ってくれるなら、絶対にかき乱さないで下さいね?万が一朝海ちゃんが泣くようなことがあったら、神谷くんが傷つくようなことがあったらわたし、黙ってませんから。」

「…分かってるよ。」


寂しそうにそう言った哲也さんに頭を下げてわたしは樹の腕を引っ張った。


「ゆきみ、強いね。」

「え?」

「でも、女なんだから俺の前ではもっと弱み見せて欲しいな。」


ふわりと髪を撫でる樹にドキンとしたのは言うまでもなかった。


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