ずるい女
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【said ゆきみ】
「なんかヤキモチ。片岡マネージャーと仲良いね、ゆきみさん。」
キスの後、樹に言われたその一言が頭の中でぐるぐる回っている。このままうやむやにしていいことじゃないけど、言いたくないって思うのは自分の中に樹への気持ちが十分残っているからなんだと思う。
「…樹、手。」
「うん。冷たいやゆきみ…の手。」
ふわりと包み込むように手を握る樹。罪悪感からか「樹。」なんて呼び捨てにしたら、樹までわたしを呼び捨てで呼んだ。でもどうしよう、ちょっと嬉しいかも。
「俺あれしたい、」
「え?」
樹の指さす方にはミッキーの耳をつけたカップル。え、まさかあれ、やるの?わたしと!?
スタスタ向かう方向はその耳が売っている出店。
迷うことなくそこで止まった樹は片っ端から被り物をわたしに被せていく。
「これが一番可愛い。」
お揃いで買ったのはドナルドな樹と、デイジーなわたし。
「可愛いくて色気もあるから、これ。」
「…いっちゃん。」
「ダメ、樹って呼んで?」
「…樹。」
「なに?」
「すっごい恥ずかしいんだけど?」
「誰も見てないよ、俺達のことなんて。みんなカップルでしょ?ほらみんなイチャイチャしてる。」
まぁそうなんだけど…。確かにみんな自分達の世界に入ってて目線が定まらない。
「せっかく可愛いのに、楽しもうよ。」
「うん。」
「さっきのキスは昨日の分だから。」
「…今日の分は?」
「それはゆきみの家でする。」
「え?」
「よし、行くぞ!」
強引に指を絡めてそれを引っ張ると、樹は写メを撮りながら楽しそうに歩き出した。
「一緒に撮る。こっちきて。」
写真スポットにわざわざ並ぶ樹。ハートの大きなLEDとミッキーとミニーが両サイドにいて、その間で写真撮影しているカップルが沢山の列の最後尾で満足気に微笑んだ。
後ろからわたしを抱きしめて「寒いでしょ?」って言う樹の心音は相変わらずバクバクしていて、慣れてそうに見えてもやっぱり一々ドキドキしているのが可愛くてたまらない。
くるりと反転して自分から樹のお腹にくっつくと「あ、もう…。」照れて目を逸らした。
「樹、」
「…、今日の分まで待てなくなるよ、ゆきみ…。今日ゆきみの家に一緒に帰りたい。俺もう離れたくない…。」
樹の心音は笑えるぐらいバクついていて、心なしか顔も赤い。
対直人さんだとわたしのが断然子供になるけど、樹がこうやってストレートに想いをぶつけてくれるのは嬉しいと思えてしまう。
だけど泊まるってことはそう…―――「わたしの家に来てどうするの?」抱きついたままずるいなぁーって思いながらも、上目使いで樹を見ると、ゴクっと喉仏が動いた。
「いっぱいキスする。」
「それから?」
「…その先も、したい…。」
そんな台詞今まで言われたことがないから、どう返せばいいのかなんて分からない。
電話を待っている直人さんをスルーして樹に抱かれる?
クっと顔を樹の胸に埋めるとやっぱりまだドキドキ音をたてていて。
「俺の気持ちが爆発しそうだよ、ゆきみ。受け止めてよ…。」
…頭の片隅にチラついた直人さんに気付かないフリをして「うん。」小さく頷くわたしに、樹の笑顔が降りてきた。
もうずるくてもなんでもいい…そう思える笑顔だった。
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