胸騒ぎ 

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【said ゆきみ】


「今日から冬休み作品が一気に入るからかなり混みそうですね…。」

「どうした?昨日から元気ないな。」

「直人さん…。昨日の朝海ちゃんと哲也さん、本当に何もないって思う?」

「…そう信じたい。俺はね。」

「うん。」


オフィスにいるのはわたしと直人さんの二人きり。

つい直人さんの手をキュっと握る自分に、わたしって結構甘えん坊なのかも…なんて思う。

でも直人さんの温もりはとても温かくてわたしにはこの温もりが必要不可欠だって思える。

朝の準備を終えて間もなくオープンだった。

朝一でスタッフも沢山入ってきてロビーで朝礼をして、いざ出陣。

オープン直後はお客さんが殺到するからわたしもボックスで構えて待っていた。

立体駐車場のドアが開くと、走ってくるお客さんもいて、ボックス全員で気合を入れた。

1時間弱でようやく引いていたチケット売り場の列。

スっとCLOSE札を出してわたしはシーバーを取った。


「フロア入口取れますか、オフィス一ノ瀬です。」

【フロア入口登坂です。】

「9時50分からのハイロー残席わずかです。アナウンスお願いします。」

【入口登坂了解です。】


すぐにロビーにマイクアナウンスでトサカの残席わずかな案内が響き渡った。

その後開場アナウンスがして、しばらくするとプロジェクションのマイコから上映開始のシーバーが届く。

今日の場内チェックは壱馬くんのよう。

ボックスヘルプに入りつつ、フロアの清掃ヘルプもやりつつ、気づくともう定時間際。

予想以上の混雑で遅番のハルカと交代して自分のレジ上げをしていたら内線が鳴った。


「はい、オフィス一ノ瀬です。」

【あ、ゆきみ?登坂です。朝海が16時入りなんだけどまだ来てなくて、なんか連絡きてる?】

「え、きてないと思う。ちょっと連絡してみる。」

【頼むわ。なんとなく、胸騒ぎがする。】

「…どういうこと?」

【わかんねぇ。なんとなくだよ。とにかく俺もすぐそっち行くから。】

「うん。」


電話を置くとちょうど遅番の哲也さんが出勤してきた。

直人さんはスタッフの入れ替えでレジ上げの精算で手一杯。


「えみごめん、わたしのレジ上げお願いできるかな?」


既に自分のレジ上げを終えたえみの手を引いてそう言う。


「いいけど、なんかあった?」

「朝海ちゃん出勤してなくて。」

「え?朝海ちゃん?」

「うん。トサカが胸騒ぎがするとか言うから。とりあえずわたし連絡してみる。」

「分かった。」


すぐに受話器をあげて朝海ちゃんに電話をかけるけど、電波が届かないってアナウンス。

LINEを送ってもあたり前に既読にはならなくて。

ジーッと哲也さんを見ると「ん?」小首を傾げる。


「哲也さん、16時入りの朝海ちゃん来ていません。」

「………ッ、」


ほんのり目を泳がせた哲也さんに、トサカの胸騒ぎの声が耳にこだまする。


「悪い、俺のせいだ。」


静かに言った哲也さんの言葉に至極胸が痛いんだ。

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