潮時
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【said 朝海】
「絶対やだやだ!哲也さんなんでゆきみさんの背中なんて押したの?」
「なんでって俺、直人の味方だから。」
「………。片岡嫌い。」
結局あの後ゆきみさんは直人さんの元に行ってしまった。
マイコさんもまこっちゃんのシフトあがり時間に合わせて帰ってしまって健太と二人きり。
あたしを見てニッコリ微笑む健太との時間が段々当たり前になっていく気がした。
だけどそんなあたしのスマホに哲也さんからのメッセージ。
健太にはバレてる手前、嘘なんてつく必要はないって哲也さんと会うことを話したら、哀しそうな顔をしたんだ。
そんな健太の表情に今まで一度も思わなかったのに、自分が悪いことをしている気持ちになるなんて。
マネージャー専用の駐車場で哲也さんと車の中、「直人、ゆきみちゃんといい感じみたいねぇ!」なんて言うから、あたしの中で一度はおさまった怒りがまた奮闘してくる。
「絶対いっちゃんのがいい男なのに、ゆきみさん絶対後悔する。こうなったら徹底的に邪魔してやる!」
意気込むあたしを困ったように見ている哲也さんだけど、不意に「あ。」咥えていた煙草を落としそうになった。
「危ね。朝海まずい。噂をすれば、だよ…。」
「え?」
車の入ってくる音とライトがあたし達を照らす。
向かいに止まったのは紛れもなく直人さんの車。だってちゃんと助手席にゆきみさんがいるもん。
楽しそうに喋っている視線がようやくこちらに移った。
「あ。」
思いっきりゆきみさんと目が合う。直人さんの腕を掴んで何かを言うと、分かっていたけど直人さんの視線もこちらに飛んできた。
二人で車を降りてゆっくりとこっちに向かってくる。
「どうするの?」
「う〜ん。」
コンコンって運転席の窓を叩いたのは直人さんだ。
ウイーンって開けると確かめるように二人してあたしを見た。
「哲也さん、あの…。」
「朝海ちゃん、どうして?」
「ゆきみ、さん…。」
今までバレばなかったのが奇跡、なのかもしれない。
現に健太にはもうバレてるし。
「あ、変な誤解してる?別にここで二人で話してただけだよ。朝海がゆきみちゃんと直人の恋がうまくいって落ち込んでたから話聞いてただけ。手も繋いでないし、キスもしてないよ。ね?」
…真実だけど、顔が引き攣る。それでも小さく頷くとゆきみさんは直人さんの腕を引っ張って「そっか。じゃあまたね。」静かにこの駐車場からいなくなった。
直人さんがゆきみさんの肩をグイって抱き寄せると、弱弱しく直人さんに寄り掛かるゆきみさん。
悔しいけど、お似合いかも…なんて口が裂けても言わない。
だけど、哲也さんから出た言葉に、あたしは生きる希望を失うことに…。
「潮時かな、そろそろ。別れよっか、朝海。」
まるで挨拶みたいに言う哲也さんに涙が溢れた。
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