二人の約束
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「まこっちゃんの真似しただけだけどね、俺。」
「それでも助かったから。」
「じゃあご褒美ちょうだいよ?」
「え?」
清掃途中だっていうのに、わたしに近づく樹は持っていたほうきと塵取りをコトっと椅子にかけた。
「いっちゃん?」
「約束覚えてる、よね?」
「や、くそくって、」
壁に追い込まれて逃げ場なし。
樹の言う約束はしっかりと分かっている。
分かった上でわたしは樹のキスに応えたんだもの。
「いっちゃん今清掃中、」
「ちょっとだけ。」
目を瞑る暇もないくらいに素早く唇がちゅ、っと重なった。
「甘い。」
ニコっと笑ってまた唇を重ねた。
マイコと隆二に見られているなんてつゆ知らず、樹のキスがどんどんエスカレートしていきそうになった所で「樹、終わったー?」北人くんの声に、バっと離れた。
「あ、ゆきみさん。」
「ほ、北人くん、最近バテなくなったね。」
「いや俺もそんな毎回バテてないっすよ。」
「北人さんもっと体力つけた方がイイっすよ。」
「うるせぇよ、樹。」
「でもわたし北人くんのマイクアナウンスの声が一番綺麗で聞き取りやすくて好きだなぁ〜。」
「ほんとっすか!?」
嬉しそうに笑った北人くんがギョッとした顔をしたような気がした。
でもそれがなんなのか分からなくて。
7番の劇場から出ると、ちょうど直人さんも8番から出てきた。
「戻るぞ、ゆきみ。」
「あ、はい。」
「北人行かせたの、俺。」
「…え?」
「みすみす二人っきりにさせるかっつーの!」
直人さんらしからぬ発言に思わず緊張の糸が解けたかのように可笑しくなった。
気まずくならないようにって最善を尽くしてくれる直人さんは、やっぱり憧れの人、だと思えた。
そして、若い樹はこの日、ひたすら入口に立ってマイクアナウンスをし続けたんだ。
北人くんがギョっとしたのは、樹がきっとすごい顔で睨んでたのかな、なんて思った。
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