気持ちが固まる前に 

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【said ゆきみ】


「ゆきみ、いける?」


16時になる5分前、直人さんに肩をポンと叩かれた。


「はい。」


立ち上がって直人さんの後をついていく。

一定の距離を保っているわたしと直人さん。

でもフロア入口に着く前にこちらをゆっくりと振り返った直人さん。


「あのさ、」

「え?」

「今夜、時間ある?」

「…え、あの、」

「今までこの関係が崩れたら仕事もやりずれぇしとか、色んな弱さから逃げてきた。けどやっぱ無理。俺も、自分の幸せは自分で掴みたい。だからゆきみの気持ちが完全に固まる前に攻めるから。考えといて、今夜。飯でも行こうぜ。」


ニッて八重歯を見せて微笑む直人さんに、少なからずドキッとした。

この笑顔はやっぱり好きだ。

樹に気持ちが固まる前に…って、直人さんにそんな風に言ってもらえて嬉しい。

できれば樹と出会う前に言って欲しかったけど。


「あの、行きます!直人さん。今夜行きます!」


わたしの言葉に振り返って嬉しそうに笑ってくれた。


「ゆきみと直人さん7番お願いします!」


入口でトサカに言われた。


「僕7番行くんで、マネージャー8番でもいいですか?」


言ったのは樹。わたしを見てニッコリ微笑む。

苦い顔一つしないで直人さんは「分かった。」そう答えた。

余裕ってこと?それとも、大人だから?


「行こ、ゆきみさん。」

「いっちゃんって結構強引だね。」

「俺ゆきみさんの下で働きたいな。そしたらもっと色んなゆきみさんが見れる。」

「嫌いになるかもよ。」

「そんなにカリカリしてるんですか?」

「してない、」

「じゃあなりません。そんな緩い気持ちじゃないよ俺。」


やばい、迷う。

わたし、決めきれるんだろうか。

一番奥にある7番スクリーンに入る。すれ違うお客様に「ありがとうございました。」と二人で頭を下げる。


「地味に汚れてる。」

「ゆきみさんは掃き掃除だけでいいから。」

「ありがとう。あと、さっきのも…ありがとう。」

「…ん?さっき?」


振り返って小首を傾げた樹は足も手も止めることなくわたしを見ていて。


「さっき、オフィスで。いっちゃんが勝手にした…って。」


最初に言ったのはまこっちゃんだったけど、樹もわたしの気持ちを守ってくれたんだって思う。


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