失恋の痛手
【said 舞子】
泣きながら哲也から離れたゆき乃を追いたいのに足が動かないように見える哲也は静かに涙を零していて、いたたまれない哲也の名前を呼んだんだ。指で何度も涙を拭う哲也をぎゅっと後ろから抱きしめた。いつだって明るい哲也がこんなにも弱って泣いている姿なんて誰が想像できたんだろうか。
「追いかけちゃだめ。偉いぞ哲也。」
私の言葉に堪えきれず漏れる哲也の嗚咽。大好きだったんだねゆき乃のこと。ちょうど出窓から直人がこっちを見ているのが見えて私は川原を指差して追って!そうジェスチャーした。目を大きく見開いた直人は、ゆき乃の後をきっと追ってくれたに違いない。勘のいい直人なら間違えたりしない。私の手をキュって上から重ねる哲也に、大きな背中を震わせて声を殺して泣く哲也に至極胸が痛い。高校生の時はこれほどまでに苦しい恋をしていただろうか?いつだってふわふわして楽しくて…ってそんな緩い恋愛だったうような気がする。
「哲也は頑張ったよ。」
「…けどダメだった。クソッ…。」
よしよしって頭を撫でると弱弱しく声を漏らす哲也がしばらく落ち着くまでずっとそうしていた。
「舞子、ありがとう。」
ようやく私の手を離した哲也は振り返ってそう笑う。儚く。
「無理しなくていいよ哲也。誰だって失恋は辛いんだから。」
「…正直こんな堪えると思わなかった。俺だって結果は分かってるつもりだったんだけど、それでもやっぱりマジですげぇゆき乃のこと、好きだったんだって、こうなって改めて思う。」
「うん。」
例えばこの失恋で哲也が美波の気持ちを少しづつでもいい、受け止めてくれないだろうか。でも今の哲也には酷だよね。もう少ししてからまた哲也に聞いてみよう。
「ゆき乃、大丈夫かな?」
「うん。直人が追ってるはず…。」
「そっか。あ――――直人かぁ…。それはそれでやだな。」
「好き、だもんね、直人も。」
「…岩ちゃんは、ゆき乃を受け止めるのかなぁ…。」
「どうかな。」
「…俺シャワーしてくる。今夜は酒飲んでもいいよね?」
「勿論!なんなら付き合うけど?」
「いや、一人で飲むよ。」
「分かった。」
じゃあって笑顔を見せた哲也だけど、私は今夜哲也がゆき乃を想って泣いたこと、忘れないから。その裏で美波が一人で泣いていたことすら知らずに…。
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