おいてきぼり

【said 剛典】

「美波、大丈夫?」


哲也が2階のシャワー室のドアを閉めた瞬間、美波がその場に膝をついて崩れ落ちた。ぽたぽた零れ落ちる涙を指で拭うけどどんどん溢れちゃって。俺達に背を向けて震えて泣く美波の肩に手を触れると「離してっ。」小さく振り払われた。代わりに舞子が美波のこと抱きしめているのを見て胸が痛い。


「哲也の奴、酷い。」
「俺は分かるけど哲也の気持ちも。剛典、お前には分かんねぇの?」


隣の直人が怪訝な顔して俺を見た。


「…え、哲也の?」


キョトンとした俺に溜息をつくと、ポンと肩に手を置く。


「分かんねぇなら健二郎呼んでこいよ。」
「へ、健ちゃん?え、どうして?」
「いいから。美波が泣いてるって言ったらすっ飛んでくるから。ほら早く行けよ…。」


直人に押されて俺は仕方なく川でまだはしゃいでいる健ちゃん達の所に行った。


「健ちゃん、美波が泣いてる。だから行ってやっ、」
「哲也のヤロッ!」


だけど俺の横を秒殺で翔けて行ったのは健ちゃんじゃなくて臣だった。続く健ちゃんは俺に「何があったん?」心配そうに聞いた。


「うん…。哲也にゆき乃のこと諦めろって美波が言って、見てらんないって。けど哲也が、じゃあ美波も諦めたら?って…他の人好きになれるぐらいならとっくにしてる…って。…ねぇ健ちゃん、俺、おいてきぼり?直人や臣は、少し前を歩いてる気がした…―――。」


胸の奥がジクジク痛い。ゆき乃の涙は勿論見たくないけど、美波や舞子が泣く姿も俺は見たくない。みんなが幸せになれる未来はないんだろうか?傷つき、傷つけるだけが恋なんだろうか?1週間後にはみんなが笑顔で帰れたら幸せなのに。


「岩ちゃん。ゆき乃のことどう思ってる?」
「え?なに急に健ちゃんまで…。臣と同じこと聞いてる…。」
「みんなこのキャンプにかけてきてんねん、好きな奴に想いを伝えなって。俺も…。」
「…健ちゃん、も?」
「そや。せやからみんながみんな焦ってる。ゆき乃がほんまに好きなら、ちゃんと見てなきゃ取られんで?」


…健ちゃんに言われて急に怖くなった。いつも何も言わずに傍にいたゆき乃が俺じゃない奴と一緒に過ごす時間があるなんて今まで考えたことなかった。隣を歩く健ちゃんが小走りで翔けて行った先、臣を見て堪えきれず嗚咽を漏らす美波を臣がそっと触れる。


「ごめん、二人きりにして。」


臣の言葉に動けない舞子を直人が引き上げて連れてきた。コテージの外、俺達の頭上には大きな恋の嵐が雲を作っていた。



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