好きな人いる？

【said ゆき乃】

「岩ちゃーん！今日一緒に星の観察しよ？夜。」
「するする！」
「あと明日は川で釣りしてー。手持ち花火もしてー。花火大会も行って、あ、浴衣持ってきたの！岩ちゃんも浴衣持ってきてる？」
「ふふ、持ってきてる。ゆき乃の浴衣早く見たいなぁ。」


ほんのり鼻の下を伸ばす岩ちゃんは可愛い。ゆったりした喋り方で、性格もおっとりしている。昔っから直人やわたしの後ろに隠れているような子で。でも中学に入ると急に背が伸びて年上の先輩達から可愛いって言われるようになって、気づくと岩ちゃんファンクラブ的なもんまでできていた。優しい岩ちゃんはわたしだけじゃなくてみんなに優しくて。だからそれが不満で…―――「ゆき乃、風呂の掃除行くぞ。」え、ちょっと！直人に腕を引っ張られて一階のシャワールーム。


「わぁっなにこれっ！猫足のバスタブ！超可愛いっ！わーん憧れだったーこれ！」
「…女って好きだよな、こーいうの。」
「好きだよー。天蓋付きのベッドにしたいなぁ、わたし。」
「怖ええからそんなの。」
「直ちゃんに女心なんてわかんないでしょ。」
「…女心なんてわかんなくても俺はお前の考えてることだけは誰よりわかってるけど？」


…そういうことサラッと言うようになったのはあの日からだ。直人がわたしを女扱いするようになったのは。元々ぶっきらぼうな直人は、美フェイスのせいで岩ちゃんと同じくらい女子からモテていた。でもその性格と口の悪さのせいでろくに彼女もできずに今に至る。


「なによそれ。直ちゃんに支配されるつもりないからわたし。分かってるなら岩ちゃんとの事応援でもしてよね？」
「ムカつく女。お前なんて力でどうにでもできるから俺。」
「…野蛮。わたし岩ちゃんとこ戻る！」


こんな言い合いはしょっちゅうだった。でもここまで本音が言えるのも直人だけで、ここぞって時にいつだって助けてくれるのは直人だった。でもだからってそれが愛に変わることは一生ない。岩ちゃんがいる限りそんなことは、有り得ないよ。２階で舞子の指示で窓拭きをしている岩ちゃんを見て心があったまった。やっぱりわたしは、あの優しさに包まれたい。


「岩ちゃん手伝うー！」
「あ、ゆき乃。こっち危ないから俺やるね。下の方拭いて、ゆき乃は。」
「うん。岩ちゃんまた背伸びた？」
「えーほんと？けどまだ伸びてるかも。ゆき乃はチビだね。」


ポスッと岩ちゃんの大きくて綺麗な手がわたしの頭に乗っかる。その手を掴んで握ると岩ちゃんが大きく目を見開く。


「岩ちゃんは、好きな人いる？」
「…――え？好きな、人？」
「うん。好きな人。」


目の前で真っ赤になる岩ちゃんにニッコリ微笑んだ。

― 9 ―

prev / TOP / next