藤原樹*1

「あ、落ちた。」


コロっと転がった猫のストラップを拾って彼女の肩を叩く。振り返った瞬間、シャンプーなのか甘い香りがしてドキッとした。俺を見上げる彼女は、手にしているストラップを見て「あ、ありがとう!わーこれ気にいってるから助かったぁ!」ホッとした顔でそれを受け取った。上履きの色は赤。ってことは、3年か。


「本当にありがとう。」
「いえ。」


ペコっと頭を下げるとまた甘い香りが漂った。そのまま友達と歩いて行く彼女から目が離せない。高校に入ってこんなことは初めてじゃねぇか、俺。…なんて名前だろ。


「樹ー!昼学食行くけどお前どーする?」
「行く。」


昼休み、陸と一緒に学食にやって来た。本来なら1年の俺らはあまり顔を出せる場所ではないらしい。でも陸って男はそーいう空気が全く読めない奴で、でもそれが陸のいい所で。キョロキョロと学食内を見回して陸が端の席を取った。


「ここのカレー絶品。樹は何食う?」
「んじゃカレー。」
「食券買いに行こうぜ。」
「うん。」


陸と食券の列に並んでいるとまたあの香り。視線を奪われて見ると、そこにはパタパタと学食内に入る彼女。


「やば、A定食売り切れちゃう、どーしよ!絶対絶対食べたいのに!」


ぷ。A定食を見ると、ローストビーフって書いてあって。気づくと俺はそのボタンを指で押していた。席を取った彼女が走ってきてまた甘い香り。勿論俺の存在には気づいてなんてなくて。食券を買い終えた陸が立ち止まってる俺を「樹ー!」そう呼んだ。ほんの一瞬彼女がこっちを見て目が合う。だけど、ブーって音に視線はすぐに離れてしまう。


「うそ、私のローストビーフ!やーん売り切れたぁー!まじ田崎のせいだ!田崎の挨拶が遅いからだよぉ。泣けるー!」
「これ、いいっすよ。先輩が食うと思って買っといただけなんで。」


横から手を出してA定食の券を見せると「え、え、でも、」戸惑った顔で俺を見上げる彼女からはやっぱり甘い香り。


「走ってんの見えたから。俺はカレー食うし。」
「…あのでも私きみのこと全然、」
「1年の藤原樹。俺のこと覚えてよ先輩。」


自分でもこの行動力はすげぇと思う。けど今逃したら次のチャンスなんていつくるか分かんねぇ。だったら今しかねぇ。


「ふじわらいつき、くん?」
「先輩はなんて名前、すか?」
「あ、ゆき乃。一条ゆき乃。3年3組。」


よし名前ゲット。俺はカレーの食券を買うとそのまま歩き出す。


「まって、藤原樹くん!お金!」
「いらない。あげる!だから今度奢ってください?」
「…わ、かった、ありがとう!」


ニッコリ微笑むゆき乃先輩に、俺は満足気にカレーを頬張った。


「どーなってんの、樹?」
「さあな。」
「3年に手出すなんて、ほんと樹ってすごいね。」
「まだ出してねぇよ。」


そう答える俺に陸が屈託なく笑った。

前|もどる|次