甘COOL | ナノ
会いたくない


編集部の人は時間がバラバラで、わりとみんなお昼前頃の出社が多いって先輩が言っていた。だから午前中は閑散としている。時間で区切ってお店に立っている私達。何時に来るかなんて分からないし予想もつかない。出社していてもここに来るのが何時かなんて分からない。できればもう、会いたくない。


「あのすみません。朝から体調がよくなくて、お昼であがらせていただきたいのですが…。」


課長に言うと心配そうに承諾してくれた。引き継ぎって引き継ぎなんて特にないから私は荷物をまとめるとそのままみんなに頭を下げてこの売店から逃げるように出て行った。早く早く行かなきゃ。俯いたまま速足でロビーを通過して警備員さんに頭を下げて直通の駅に向かう。電車に乗っちゃえば大丈夫、そう思って駅の改札で定期をピっと押し当てた時だった。


「一條さん?」


二番目に惹かれたあの声が私を呼んだんだ。


「あ…藤原さん…。」
「え、帰んの?」


あきらかに帰ろうとしている私を怪訝に見つめるその瞳は芸能人みたいに大きい。やっぱり下睫毛長くて綺麗…。気を抜くと見とれてしまいそうな藤原さんに私は苦笑い。


「今日は帰ります。」
「なんだ、今から顔出そうと思ってたのに。」
「すみません、失礼します。」
「ちょっと待った。なんか避けてる?」


急に手首を掴まれて足が止まる。普通掴まないよね、こんな初対面同然の奴。そもそも同じ会社ってだけの知り合い程度なのに。もしかしてじつはチャライ人?


「…避けてなんか。」
「…猫だよ、飼い猫。うち5匹飼ってて…そのうちの一匹が調子悪くて病院連れてってた。」


ボソボソって話す藤原さんはまだ私の手首を掴んだまま。想定外の言葉に拍子抜け。猫、なの?


「女いねぇよ俺。みんな俺の事変人だと思ってるし。安心した?」


ニコってちょっと口角をあげて意地悪く私を見下ろす彼のその甘い言葉にドクンと心臓が爆発しそうになるなんて。


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