甘COOL | ナノ
知らない方がいいこと


ふう〜…。自分のデスクに座って早10分。注文した本が届きました〜って電話をもう数本かけている。単なる内線電話だから別にどうってことない。そう、ない。はず…。目の前には【藤原樹】の文字。内線にかけようか、はたまた携帯にかけようか今だ悩んでいる。もうどうせならラブマガ編集部に行っちゃおうか!?…なんてそんなこと絶対にできるわけないけれど。彼がどんな風に仕事をしているのかは興味があった。直で携帯でもいいって言ったけど、とりあえずは内線だよね?ようやくかける決心のついた私は内線番号1020を押してしばし待つ。プルルルル〜というコールが何秒か続いてカチっと受話器を上げた音にドクンっと心臓が脈打った。


「売店の一條ですが、藤原さんでしょうか?」
「あー藤原今日休みだけど?明日でよければ、あーちょっと待って。――――もしもし?病欠みたいだから、出勤したら売店顔出すようメモ残しておくね?」
「…恐れ入ります。すみません。お大事にしてください。」


…風邪!?大丈夫かな…。私が心配した所で他に心配して駆けつけてきてくれる人はきっといるんだろうけど…。でも。カチっと受話器をあげて彼の携帯の番号を押していく。出なかったらそれはそれでいい。でももし出たら――――「はい。」低いボソっとした声が、2コールで出たなんて。


「あっ、私、LDH出版売店の一條です。藤原さんでお間違いないでしょうか?」
【うん。俺。本入った?】
「あ、はい。入りました。」
【そっか、サンキュー。明日取りに行くよ。】
「あの、藤原さん具合は大丈夫ですか?」
【え?】
「先ほど内線かけさせていただいたら病欠していると聞いたので。」
【…まぁ。聞いちゃったから仕方ない。悪い俺じゃねぇんだ。】
「…あ、ち、違うんですね。それは失礼しました。」


なんだろう、この落胆。彼女が具合悪いとか、そーいうことだよね、きっと。やだ、携帯になんてかけなきゃよかった。馬鹿みたい。


【まぁ家族みたいなもんだから。んじゃとりあえず明日取りに行くな。わざわざサンキュー一條さん。】
「いえ、お大事にしてください。」
【…ん。また。】


…――――ほんと馬鹿。世の中には知らなくていいことが溢れている。そして、知らない方がいいことも、沢山あるんだということに、今更ながら気づくなんて。もう止めよう、無理な人をこれ以上想っていても辛いだけ。奈々にまた報告しないと。

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