行かないで

【said マイコ】


今日の朝まではこんなにも幸せだったのに。拭いても拭いても止まらない涙。壱馬を選んだのは私なのに、まこっちゃんを選べなかったことがこんなにも苦しいなんて。


「マイコ、マイコ!」


聞えた声は壱馬で。シャワールームの中まで入ってくる。曇りガラスの向こうに見えた壱馬の姿に、慌てて涙を拭いた。


「な、なに?どうしたの?」
「朝海がいなくなってん。健太と樹が探しに出たから俺と陸も行ってくる。せやから慎んこと頼むで?北人とゆきみも残っとるからなんかあったら連絡するし。」
「なんで、朝海どうしちゃったの?」
「…分からんけど、マイコと健太んこと誤解してショック受けてもーたかも?て。」
「…え、どういう?」
「とにかく探しにいかな。心配せんで大丈夫やから、ちゃんと待っとってな。」


ドアを開けると優しく見つめる壱馬。ふわりと髪に触れてそれからそっと私に顔を寄せて触れるだけのキス。


「嫌よ。」
「…え?」
「行かないで、壱馬。壱馬になんかあったら私、どうしたらいいの?」
「なんもあらへん。ちゃんと帰ってくるよ。」
「分かんないでしょ、そんなの。嫌、絶対に嫌!一人にしないで、私のこと。」


感情が抑えられない…。気持ちがコントロールできない。こんな風に泣き喚いたりなんて頭ん中じゃ考えられないのに、壱馬前に自分でもよく分からない不安が募ってしまう。朝海を思えばこんなことしている場合じゃない。ケンちゃんだって樹だって心配。でも今壱馬に行かれたらどうしたらいいのか分からない。


「まこっちゃんが、まこっちゃんが…。」
「マイコ、落ち着けや。大丈夫やって。お前どないしてん…。」


ぎゅうって壱馬にこれでもかってぐらい抱きしめられる。壱馬の匂いと温もりにやっとやっと私の心が落ち着きを取り戻してくる。やっぱり私、この温もりがないと生きていけない。


「壱馬ぁ…。」
「慎のこと、ごめん。マイコだけに背負わせて。どう言われようとちゃんと慎とは話つける。それまで少しだけ待っててや。俺の気持ちは変わらんから。変わらずマイコのこと、好きや。」


ぎゅっと壱馬の腕に絡まる私に「マイコ、離し。仲間探しにいかな男が廃る。」…そっと壱馬から離れると、もう一度さっきよりも深くキスをくれた。


「全部落ち着いたらさ、マイコの気持ちもちゃんと聞かせてな?」


ポンポンって髪を撫でて微笑む壱馬に、あれ?私、言ってなかったっけ?脳内のハテナが消えない。何も言わずに壱馬に抱かれたなんて馬鹿すぎる。



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