奪ってみろ

【said ゆきみ】

「いっちゃん、雨すごいよ、大丈夫かな、朝海もケンちゃんも。」


東京でもこんな豪雨はそんなになくて。斜めに降りしきる雨と、ゴロゴロと鳴り響く稲妻に不安しかない。


「ケンちゃん一人で大丈夫!?二人にもしもなにかあったら、」
「ダメだ。お前は出さない。」


強く樹に腕を握られる。まだ何も言ってない。でも分かってる樹は。わたしだって心配しているということを。こういう時、北ちゃんはただわたしの手をしっかりと握っているだけで。いつも分かれ道にたった時には樹が決める役目だった。


「でもいっちゃん心配じゃないの?」
「心配に決まってる。けどゆきみになんかあったら悪いけどそっちのが無理。」


そう言うと樹は北ちゃんの肩をガツンっとぶっ叩く。


「なんだよ、樹っ。」
「馬鹿かてめぇ。ゆきみ抱くだけが北人の役目か?って。なんかあった時に北人がゆきみを守れねぇなら俺、こいつのこと全力で奪うぞ。」


…北ちゃんの掴んだ腕を樹に剥がされるなんて。


「分かってるよ。でもゆきみは俺のだから。樹、どんなに樹がかっこよくて俺がダサくても、それでもゆきみを好きな気持ちは負けないから。奪えるもんなら奪ってみろよ!」


馬鹿だなって、二人とも。朝海がこんな時にそんなくだらないこと言ってる場合じゃないのに、それでもこんな風にわたしに対して想いを伝えてくれる二人を愛おしく思ってしまうなんて。わたしももっとしっかりした女にならなきゃだめだよね。


「三人で探しに行くのはだめ?」
「だめ。行くなら俺が行く。北人はゆきみのこと見張ってろ。」
「そうする。けど樹、無事で戻ってこなかったら許さねぇから。」
「勝手に変な想像すんなよ、バーカ。」


北ちゃんの赤い髪をグシャってする樹も、この大雨の中、朝海を探しに出て行った。神様お願い、どうか三人共、無事に帰して。



― 75 ―

prev / TOP / next