逢いたい…

【said 朝海】

ケンちゃんの気配がないだけで、こんなにも嫌で。ムクリと起き上がってケンちゃんを探した。思ったより近くにいたケンちゃんは、シャワールームに入って行って、「マイコ、マイコ、落ち着け。」そんな言葉の後、マイコをギュッと抱きしめたんだ。たったそれだけ。それだけのことであたしは頭に血が登ったように身体が固まる。マイコになにがあったとか、そーいうことなんも考えられなくて、気づいたらあたしは寝巻きのままこのコテージを出て行ってたんだ。外はこんなにも嵐のような大雨で雷が鳴っていたことも気づかないぐらい、ケンちゃんしか見えていなかった。やっぱりケンちゃんはマイコが好きなんだって。泣いてるマイコを抱きしめたケンちゃんを見て、分かった。


「誰もいない、あたしの味方。誰もいない…。」


もうこのまま死んでもいいって。どうなってもいいって。誰も信じない。誰も信じられない。


「キャアアアアアー!!」


足を滑らせて山道をズズズと転がり落ちる。せっかく熱も下がってきたのに、これじゃあケンちゃんに怒られるじゃん。ねぇケンちゃん、怒るよね?あたしのこと、何してんだって。病み上がりのくせに何してんだって。胸が苦しくて息ができなくて、このまま目を閉じたら楽になれるだろうか。考えたくもないのに、もう誰も信じないって思うのに、頭に浮かぶのはケンちゃんで、馬鹿みたいにケンちゃんの屈託ない笑顔が浮かんで消えてくれなくて。ああ、あたしはこんなにもケンちゃんを好きになっていたんだって、今更気づいた。だからマイコを抱きしめたケンちゃんを見ていたくなかったんだって。


「ケンちゃん逢いたい…。ケンちゃん逢いたい…。」


もう一人になりたくないよ。助けてよ、ケンちゃん。あたしを、助けにきて、お願い…。



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