ラストハグ
【said ゆきみ】
「くすぐったい…北ちゃん待って…。」
「え、無理…。ゆきみ可愛い…。」
トサって北ちゃんの手がわたしの肩を押しながら床に手をついた。いわゆる床ドンに目を見開く。高揚した表情の北ちゃんは今までわたしが見たことのない北ちゃんで、一々胸の奥がきゅんって鷲掴みになる気分だった。
「いっちゃんいるんだよ、ここ。だからだめだって、北ちゃん…。」
樹の名前に眉間にしわを寄せた後、ゴロンってわたしの上から降りた北ちゃんはころころ転がって部屋の中をあーあー言いながらだれている。
「…可愛い。」
クスって笑って起き上がったわたしは乱れた髪を整えてふとベッドの上を見た。
「いっちゃん!!!!」
普通に起き上がって携帯弄ってる樹に思いっきり後退り。だってまさか起きてるなんてこれっぽっちも思ってなくて。シラけた目でわたしを見返す樹に苦笑いしかできなくて。
「気にせず続ければ?」
とんでもないこと言われた。でもそしたら壁に激突しそうだった北ちゃんが振り返って「いいのっ!?」なんて…。
「北ちゃ、ん…。もう、いっちゃん頭大丈夫?」
「いやその言い方おかしいから。別に平気。さっきまでガンガンしてたけど、お前らの馬鹿なやり取り聞いてたらアホらしくなってきた。」
そう言った樹はわたしに向かって両手を差し出した。…へ?なに?大きく息をつくと「こっちきて。」そう言うんだ。北ちゃんは北ちゃんでそれを黙って見ていて。
「え、いっちゃん?」
「いいから…早く来い。」
北ちゃんを見るけど何も言わないのは、樹のことを信じてるからだってそう思った。わたしだって信じてる。だから立ち上がって樹の傍に行く。近くまでいくと樹がわたしをそっと引き寄せた。ギュっと抱きしめられてトクトク樹の心臓が鳴っているのを感じる。
「よかったな、ゆきみ。」
優しい樹の声と言葉に感情が高ぶる。まるでこれが最後のハグとでも言うのだろうか…。樹の気持ちがこの温もりに全て込められているようで胸が痛い。
「いっちゃん…。」
「北人に幸せにして貰えよな。」
「うー…。」
「まぁ嫌になったらいつでも迎えにいってやるから。」
ギュっと力を込めた後、ゆっくりとわたしを離した樹。
「樹って、そんなにゆきみのこと好きだったの?」
今更感丸出しでそう言う北ちゃんに、三人で笑いあったんだ。
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