だいすき。でもごめんね。

【said ゆきみ】

馬鹿ゆきみ。思い出せ…。朝海の異変に全く気付くこともできずにいた自分を呪いたい。どんな想いだった?どうして何も言ってくれないの?


「言えるわけないじゃん、馬鹿。」


止めどなく流れる涙を何度となく手の甲で拭う。こんな時、北ちゃんに逢いたくなってしまう自分が許せなくて、しばらく川原の側を一人で歩いていた。帰らなきゃみんな心配するよね?どうしよう…。見上げた星はすごく綺麗なのに切なくて胸が痛い。


「たく、心配させやがって…。」


不意に腕を掴まれて、そこには息を切らした樹がいた。シャワー後の濡れた髪からは滴がポタポタと肩に落ちていて。さっき弱い自分を卒業したはずなのに、樹の存在はわたしには大きすぎて涙が溢れる。


「いっちゃん、どうしよう…。」
「なにがあった?」
「朝海が朝海が…りっくんに…。わたしは無理って。朝海が好きなりっくんのこと好きになれないって…。」


たどたどしく話すわたしの涙交じりの言葉を一つ残らず拾ってくれる樹は、わたしの腕を引いたままコテージのドデカイ庭に張ったテントの中にわたしを連れ込んだ。ペタンと座った私の正面にあぐらをかいて座った樹。ポンポンって頭を撫でてくれる。そのままふわりと抱きしめられた。


「いっちゃん?」
「俺にしろよもう。」


へ?何言ってんの?パサッて音とわたしの上に乗っかっている樹。テントの天井と樹が見えるここ。聞こえるのは川のせせらぎとそう、樹の息遣い。瞬きをした瞬間重なる樹の唇にトクンと胸が高鳴る。


「幼馴染でなんかいられねぇ、俺。お前が好きだ。北人には渡さない…。」


樹の真剣な顔と甘ったるい声。わたしにキスを繰り返す樹は、あの日の樹とは大違いだ。わたしも樹もあの日の気持ちとは大違い。正真正銘樹の告白に身動きが取れない。北ちゃんを思い浮かべようとすると「ゆきみ…好きだよ。」樹らしからぬ甘さに負けそうになる。跳ね除ければいいというのに、いつもみたいに意地悪く無理やりしてくれればいいのに、今日に限って今に限ってこんなに優しい樹に涙が溢れる。どーしようもなく北ちゃんが好きだって思うのに、どーしても樹を振り解けないわたしは、やっぱり弱い女なんだって。


「頼むから泣くなよ、なんもできなくなる…。」


顔を逸らしたわたしを、それでも自分の方に向かせてもう一度唇を重ねた。生温い樹の舌の感触が、今もわたしの全身が覚えているなんて。


「ごめんなさいっ…ごめんなさいっ…いっちゃん好きよ。だいすき。でも応えられない…ゆきみは、北ちゃんが好きなの…。北ちゃんの彼女になりたい…。ごめんね、ごめんなさい…。」


目の上で手を交差して言うわたしから、樹が静かに降りた。ポスッて樹の大きな手がわたしの髪を柔らかく撫でる。


「…北人にフラれるまで待ってやるよ。続きはそん時にする。」


トサッて隣に寝転がる樹。キュッと片手を握られて「手ぐらい許せよな。」目を閉じるとやっぱり浮かぶのは北ちゃんだけ。



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