初のトキメキ

【said ゆきみ】


「…あ、怖い。」


いざ、崖の上に立つとやっぱり足が竦む。当たり前に高所恐怖症のわたしは普通だったらこんなの飛ぼうなんて思わない。そもそもわたし泳げないし。でもこの弱い自分の殻を破りたい。どんなに北ちゃんに嫌われてもわたし、北ちゃんへの気持ちから逃げたくない。


「いっちゃん…。」
「あ?」
「いっちゃんは何の為に飛ぶの?」
「お前守るために決まってんだろ。」


ポカって樹に殴られる。いつも意地悪な樹だけど本当はすごく優しいってこと知ってる。樹の言葉は真っ直ぐで嘘がないってことも。それを冷たいと取る人は、樹の優しさに触れていないからなんだと思うんだ。


「いつも意地悪なのに、似合わない。」
「…お前なぁ。」
「だっていっちゃんが怒ってくれなきゃわたし、もっと我儘になるだけだよ?」
「別にそれでいいけど。俺はゆきみが我儘だなんて思ってねぇし。俺に甘やかされてりゃいいじゃねぇか。」


ポスって髪を撫でられる。クシャクシャってぐちゃぐちゃにして笑ってる樹に甘えたくなる自分をグっと抑える。樹を選べば色々楽かもしれないけど、それじゃ意味がない。


「いっちゃんわたし、結構強いと思うの。だからいっちゃんの助けはいらないよ。」
「やだ。俺がやだ。つーかお前の意見なんて聞いてねぇ。」
「む。なによそれ。」
「黙んねぇとキスする。」


慌てて口に手を当てると樹が「喋っていいぞ!」って笑うんだ。喋ったら絶対キスするでしょ!って樹を睨むとクククって肩を揺らしていて。口に手でチャック線を引くとぎゅうって後ろから抱きしめられた。


「絶対守ってやるから安心して飛べよ。」
「…うん。」
「んじゃ行くぞ!」
「うんっ!」


ギュっと樹の手を強く握ると振り返って笑う。そのままわたしを引っ張るように川の中にドボンっと落ちた。全身が重ったるい水に呑まれるようで目を閉じる。息を止めてもがくわたしを樹の腕が引き寄せて、そのままピューっと水面に顔を出した。わたしの腰を抱えたままの樹は黒髪がペシャンって潰れていてイケメンが台無し。


「いっちゃんありがと…。」
「…ん。」
「照れてんの?」
「うるせぇ…可愛いって思っただけだよ。」


…真っ赤になって目を逸らす樹に、初めて胸がトクンとトキめいたなんて。



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