朝海の喝

【said 北人】

「…朝海、そろそろ帰らないの？」


ギクッて肩をすかして俺を見上げる朝海。俺がここに着いた時から既に吊り橋のど真ん中に座ってただ景色を眺めていた。あれから２時間は過ぎていて、山の中だから暗くなる前に帰らなきゃ危険だって健太が言ってたから。


「北ちゃん？え、いつから？」
「んー。２時間ぐらい？朝海なんかあった？」
「いいよ先に帰ってて。あたしまだここにいる。」
「でもそろそろ暗くなりそうだからここは危ないし、一緒に帰ろう？ね？」


手を差し伸べるけど首を振る朝海。仕方なく朝海の隣に俺も座り込んだ。


「いいよ、北ちゃんはこんなとこにいるよりすることあるでしょ？」


朝海はわりといつも俺を叱る。最初はなんだよ？って思ったこともあったけど、よくよく聞くとちゃんと俺を見てくれているんだってことが分かって。こんなおっとりした性格の俺をちゃんと叱ってくれるのは朝海ぐらいしかいない。


「…ないよ。」
「うそ。ゆきみのこと、昨日泣いてたよ、ゆきみ。」


分かってる。ゆきみが泣いてたのは重々承知だ。でも俺…―――俯いて昨日のゆきみを思い浮かべると胸の奥がギュッと痛くて。樹との過去を今でも受け止めきれない。


「悪いのはアイツらだし。」


相手を責めることしかできない俺はたぶんくそがきなんだと思う。でも俺が知らない場所でそんなことをした２人とどう接すりゃいーのかわかんなくて。


「北ちゃんチンチンついてるのっ！？」


突然の朝海の言葉に目ん玉ひん剥きそうになった。


「な、なんだって！？」
「いや、本当に北ちゃんって男なのかな？って思っただけ。」
「正真正銘オトコだけど！」


思わず声を荒らげると、朝海が残念そうに目を逸らした。そんな顔、すんなよ。


「ふぅん。じゃあゆきみのこと好きで苦しいってことか。」
「え？なに？」


聞き返した俺を見て朝海が眉間に皺を寄せた。


「やっぱ北ちゃんって馬鹿だよね。」
「なに、朝海？え、よくわかんないけど？」
「怒ったのはゆきみを好きだからでしょ？樹に嫉妬したんでしょ？あのねぇ、みーんなそーいう気持ち抱えながら生きてんの。過去はどうにもできないんだから、未来を見て生きなよ。北ちゃんの知らないゆきみだっているし、好きなら受けとめて受け入れて抱きしめてあげるぐらいしなきゃ、樹に負けるよ？」


なんであたしがここまで言わなきゃなんないの、ってそんな言葉を言いながらも俺の背中を押してくれる朝海は、俺が気づいてあげられない程に悲しみと苦しみを隠していたなんて。

― 42 ―

prev / TOP / next